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村山氏4時間、安倍4日間 ー 非常災害対策本部設置


今回の大雪で、秩父市が自衛隊の派遣を要請したにもかかわらず、県がそれを断ったという話が流布されていますが、本当に断ったのは実は自衛隊だったのに、マスコミはそれを隠そうとしているのではないか、という疑いがあることを前エントリで書きました。

さて、自称保守の連中に災害時に自衛隊の投入が遅れたと、ことあるごとに難癖を付けられているのが、村山元首相。
つい先月にも、産経がこんな記事を載せていました。

--
【産経抄】
過去への反省なし、元気な元首相たち
2014.1.18 03:25 [産経抄]
 朝寝坊が得意の抄子ではあるが、きのうは午前5時半きっかりに目が覚めた。阪神大震災が起きた5時46分、西方に向かって黙祷(もくとう)し、再びふとんにもぐりこむのが、1月17日の日課になって久しい。

 ▼死者六千数百人を数えた阪神大震災は、何を差し置いても国民の命を守るという政治の基本が、ないがしろにされていた事実をあらわにした「人災」でもあった。ただちに自衛隊派遣を要請すべきだった県知事は即座に対応できず、本格的に自衛隊が出動したのは4時間以上も後だった。

 ▼首相官邸の主は、社会党出身の村山富市首相だった。非常災害対策本部が設置されたのは、これまた発生から4時間以上たってから。国会で追及され、「なにぶん初めての経験で…」と答弁したときには、怒るよりも腰が抜けた。

 ▼村山元首相は、軍隊嫌いで戦後民主主義を心から信じる「善意」の人である。その独りよがりな「善意」が、国民生活(国益といってもいい)に甚大な害を与えてしまったのだが。

 ▼村山さんは、元慰安婦に心から同情し、「アジア女性基金」をつくって償った。村山さんは、先の大戦を心から反省し、戦後50年の節目に「村山談話」を発表、過去の「植民地支配と侵略」を認めて謝罪した。残念ながら基金も談話もいまなお、日本の国益を大いに損なっている。

 ▼韓国は基金に感謝するどころか、元慰安婦をダシにした反日運動は、いまや米国に慰安婦像をつくるほど増長した。村山談話も中韓が、日本攻撃の材料に使っているのはご存じの通り。そんな村山さんが来月、韓国に出かけるという。最近、元気な元首相が多いが、そろって過去への反省がまるでみられない。間近で見てきた抄子は執念深く覚えていますよ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140118/plc14011803260002-n1.htm
--

で、産経が愛して止まない現首相はどうだったんですかね。
さぞかし迅速な対応をしたのでしょう。

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大雪:非常災害対策本部が初会合 首相、対応を加速
毎日新聞 2014年02月18日 12時21分(最終更新 02月18日 12時39分)

 政府は18日午前、関東甲信から東北にかけての記録的な大雪を受け、各省庁による「豪雪非常災害対策本部」の初会合を首相官邸で開いた。安倍晋三首相は「いまだに(集落の)孤立状態が続いている。全国的に長期化する可能性がある事態に対して、対応をさらに加速する」と表明した。

 そのうえで首相は、(1)今後、孤立による凍死など犠牲者を一人も出さない(2)自衛隊の人員と装備を大幅に強化し警察、消防など関係機関が連携して、次の降雪にも備えて除雪を加速させる(3)ライフラインの復旧や道路の通行確保に努める−−よう指示した。

 首相は同日、閣議後の閣僚懇談会でも各閣僚に「しっかり対応するように」と指示した。【村尾哲】

http://mainichi.jp/select/news/20140218k0000e010275000c.html
--

産経は、村山元首相が阪神淡路大震災にあたって、「非常災害対策本部が設置されたのは、これまた発生から4時間以上たってから。」と書いてますけど、安倍が14日の大雪に対して「非常災害対策本部」を設置したのは、なんと18日。

村山さんは4時間安倍は4日
村山さんの方が、安倍よりも24倍も迅速に行動してますよ。

『何を差し置いても国民の命を守るという政治の基本が、ないがしろにされていた事実をあらわにした「人災」でもあった』
『その独りよがりな「善意」が、国民生活(国益といってもいい)に甚大な害を与えてしまったのだが。』


これらの言葉、そっくりそのまま安倍に投げつけていただきたいものですね。

『間近で見てきた抄子は執念深く覚えていますよ。』

だそうですから。

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薄気味悪い災害派遣報道 ー 自衛隊無謬化の始まり?


先日の大雪の際に、埼玉県の秩父市が自衛隊の出動を要請したが、県がそれを断ったという話が広まっています。

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「除雪目的では難しい」埼玉県、秩父市の自衛隊派遣要請を断っていた
産経新聞 2月19日(水)8時0分配信

 14日の大雪で住民が孤立した埼玉県秩父市が15日以降、同県に自衛隊の災害派遣要請をするよう複数回にわたって電話で求めたが、県は「除雪目的では難しい」などと派遣要請を断っていたことが18日、県などへの取材で分かった。県の自衛隊への派遣要請は17日午後6時半にずれ込んだ。同市の久喜邦康市長も「再三要請したが県から断られた」と不快感を表明した。

 県消防防災課によると、15日夕に久喜市長から電話を受け、県は陸上自衛隊大宮駐屯地の第32普通科連隊に派遣を打診。「除雪だけが目的では派遣はできない」と回答があったという。県は「道路開通の見通しが全く立たないという状況ではない」(上田清司知事)と判断し、市の求めに応じなかった。

 県は17日になって対応が県の能力を超えていると判断。同日夕、秩父市と周辺4町が県に書面で正式に派遣要請を申し入れたこともあり派遣要請に転じた。自衛隊は18日、孤立した30世帯に燃料や食料、医薬品を届けた。

 秩父市の担当者は自衛隊派遣を求めた理由について「市全体が孤立し危険な状態だったと考えていた」と説明。一方、上田知事は「当時は県や県警の自助努力の範囲で、自衛隊にお願いをする状況ではなかった」と話した。県のまとめでは、大雪から丸4日が経過した18日午後3時現在でも、秩父市内で260世帯460人が孤立している。

 小鹿野町長留のタクシー運転手、宮前裕一さん(64)は「県はヘリで視察するなどして、秩父や小鹿野で起きている現状を知ってから判断すべきだった」と話す。14日は積雪で電車が動かず、飯能駅に停車した電車内で一夜を明かしたという。宮前さんは「早い段階で道路も鉄道もだめになることは分かっていたはず。孤立は明らかで、他県は要請していたのに断るのは理解できない」と話した。

http://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/140219/evt14021908000000-n1.html
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この記事を読むと、見出しでは「埼玉県」が秩父市の要請を断ったかのように書いていますし、他のマスコミなどでもそのようなトーンで報じられているようですけど、本文を読むとちょっと違うんじゃないのと思えて来ます。

それは次の一節。

『県消防防災課によると、15日夕に久喜市長から電話を受け、県は陸上自衛隊大宮駐屯地の第32普通科連隊に派遣を打診。「除雪だけが目的では派遣はできない」と回答があったという。』

素直に読めば、「除雪目的では難しい」と言ったのは、自衛隊ですよね。

なんだか、すっかり埼玉県が悪者にされていますけど、自衛隊に打診して「派遣はできない」と言われたなら、断ったのは自衛隊でしょう。

にもかかわらず、このような報道がなされている。
なんだか、自衛隊を悪く言う声が広がらないように一生懸命になっているような気がするのは私だけでしょうか。

秩父市長も県への批判のトーンを緩めているように見受けられますけど、これなんて、今のところは県に泥を被らせているけど、あまり追いつめると県も我慢しきれなくなって「自衛隊が断った」と言い出すかもしれないから、秩父市長に圧力をかけたとか?

以前にも自衛隊は、東日本大震災後の活動で、仕事の選り好みをしていることを正当化していましたけど、自衛隊は一歩進んで、自らを無謬の存在とし、好き勝手やれる戦前の日本や現代の北朝鮮のような国に、日本を向かわせようとしているのではないか。

そんな危惧をいだかせる、今回の報道です。

もはや近代国家の政党の態をなしていない ー 維新の会


東西のバカ殿が野合して作った維新の会という集団。
西のバカ殿は、自分の言うことを聞いてくれないから、税金を無駄遣いしてやる、と、ほとんど自爆テロに近い行動に走っていますが、東の方では、こともあろうに、河野談話に絡めて河野氏を証人喚問するなどというバカなことを言ってます。

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慰安婦問題で河野氏と朝日社長の証人喚問要求 維新が署名活動へ
2014.1.29 18:15 [歴史認識]

 慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の「河野洋平官房長官談話」をめぐり、日本維新の会は29日、河野氏に加え、河野談話の見直しに否定的な朝日新聞社社長の国会への証人喚問を求める署名活動を週明けに開始する方針を決めた。

 維新の「歴史問題検証プロジェクト・チーム」(座長・中山成彬元文部科学相)の事務局長、杉田水脈衆院議員が29日の党代議士会で明らかにした。中山恭子元拉致問題担当相ら女性議員が署名の呼びかけ人に名を連ねる予定だ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140129/stt14012918160006-n1.htm
--

そもそも、河野談話とは、時の政府がそういうもので慰安婦問題の解決を図ろうとしたから出されたのであって、河野氏が個人の意見を官房長官談話だなどとして語ったものであるはずがありません。
もし、そんな勝手なことをしたなら、時の内閣がすぐにクビにしなければおかしい。

たまたま、その時点で官房長官という職にあったという人を「証人喚問」するなど、正気の沙汰ではありません。

そして、そんなに問題があったという認識が一般的であったなら、その時の国会議員は何をしていたのかと、特に「自称保守」の自民党議員を「証人喚問」してみるべきでしょう。

おそらく、今、言っていることと整合性がとれなくて、偽証するものがゾロゾロ出て来ると思いますけど。

加えて、朝日新聞社長の証人喚問ですって。
自分たちの気に入らない主張を広めるマスコミを、政治権力で潰そうというのですから、こんなことが実現したら、日本はいわゆる先進国の仲間には入れてもらえなくなるでしょうね。

先日、日本の報道の自由度の世界ランクがまた落ちているとの報道がありましたけど、こんな主張がまかり通るようじゃあ、それもまた当然。
いい加減、自分たちが日本を貶めているのだと自覚して欲しいものです。

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メディアにおもねる女子高校生(4) ー 創作右翼の「正論」

さて、前回まで3回にわたり、山本みずきという人が雑誌「正論」に書いた文章の内容のデタラメさについて検証してきました。
最後に、ではこの筆者は何故このようなものを書くに至ったのかという点について考察します。

本件を取り上げてから、私はこの筆者のホームページというものを知りました。
そこには、本人のプロフィールとしてこのように書かれています。
--
山本みずき Mizuki Yamamoto

1995年、福岡県生まれ。福岡市親善大使、ボランティア活動団体 Peaces 代表、YouthSchool代表、華道師範
趣味:旅行・生け花・ ピアノ・雅楽・スキー 等

誕生から小学校時代

1995 0歳
・福岡県に生まれる
2002 6歳
・ピアノ、華道を始める
2004 8歳
・YMCAハワイ校に短期留学
2006 11歳
・アジア太平洋子ども会議Mission Project,モンゴル団員に選出
(→事業の一環としてモンゴルに派遣,日本大使館や小学校等を訪問)
2007 12歳
・福岡海星女子学院付属小学校卒業

父の仕事関係上、幼少期から海外に行く機会が多く、国際社会に興味を持つ。好奇心旺盛で、8歳にして留学、ホームステイにも挑戦をしていた。
小学生1年生の頃にピアノを始め、コンクールで優秀賞を受賞。
華道においては、毎年花展に出展し、その他サッカーを始めとする多くのスポーツなどを嗜んでいた。
また、校内においては生徒副会長に推薦され、この頃から生徒会活動を始めていた。

中学時代

2007 12歳
・筑紫女学園中学校入学
・バレーボール部所属

2008 13歳
・卓球部に転向

2010 15歳
・筑紫女学園中学校卒業

小学生の頃から運動好きで、中学では運動部に所属し、部活漬けの日々を送る。
長期休みには、友人と外国に行くなど、アウトドア派の中学生だった。また、中学1年生の時、武〇哲也とCMに出演した経験もある。


高校時代

2010 15歳
・筑紫女学園高等学校入学
・福岡市の親善大使に就任。マレーシアに派遣。教育省大臣と懇談、JICAなどの国際機関を訪問
・募金活動団体 Peacesを設立、代表に就任
・核兵器廃絶と平和な世界の実現を目指す『高校生1万人署名活動実行委員会』に所属
・アジア太平洋子ども会議Mission Projectモルディブ団リーダーに就任。
(→事業の一環としてモルディブとシンガポールに派遣され、教育省大臣を表敬訪問)
・原水禁 福岡県代表として原水禁世界大会を始めとする行事に参列
・平和大使使節団としてスイス・オランダに派遣。
(→核兵器廃絶を目指して集めた 8万83筆の署名を国連欧州本部にて欧州事務局長に提出)
(→平和を訴え英語での演説。他、多数の国際機関を訪問)

2011 16歳
・筑紫女学園高校 生徒会長に就任

2012 17歳
・ヴァイオレット・リチャードソン賞受賞、日本南リジョン賞受賞。Youth School設立。代表に就任

高校入学後、親善大使として訪問したマレーシアで、再び貧困の実態を目の当たりにし、帰国直後にボランティア活動団体を立ち上げ、代表に就任。
他にも、生徒会活動、署名活動、募金活動や講演活動、その他勉強会を主催するなど、微力ながらも日々活動している
そのことが国際ソロプチミストに称えられ、ヴァイオレット・リチャードソン賞を受賞。
現在は人生をさまよいながらも、様々なジャンルの活動を展開。
小・中学生を対象に華道を指導し、趣味で雅楽を始め、日本の伝統文化の継承にも務める。
また、高校生の政治関心・国際理解の向上を目的とする学生団体Youth Schoolを設立。 日本をより良い国にするべく、受験生の傍ら、挑戦の日々を送っている。

http://yamamotomizuki.web.fc2.com/pages/profile.html
--

まず、大きな違和感を感じるのは、出身校をはっきりと書いていること。

筆者の「正論」の冒頭に何が書かれていたかと言えば、

--
2年前の高校1年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、
現地の先生に日本の国家を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に
私は国歌を歌うことができなかった。

それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。
君が代の歌詞を完全に暗唱できなかったからだ。

あの時の学生たちの唖然とした表情を忘れることは一生ないだろう。
まさに、日本を知らぬまま日本人とした生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

平成7年生まれの私は小学校の頃から、学校生活を送る中で
一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。
自分の友人のほとんどは未だに君が代を歌うことができないと言う。

--

自分が学校生活を送る中で、「一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない」、その結果として、「君が代の歌詞を完全に暗唱できなかった」「日本を知らぬまま日本人とした生きてきたことに恥を覚えた」こういうことになったと、ある意味、自分の出身校を告発した内容だったからです。

もちろん、そういう学校を糾弾するという意図で書かれたのであるなら、出身校を明記することもわかります。
ところが、この筆者は高校を卒業するにあたって、自分のfacebookにはこんなことを書いているらしい。

--
昨日(3月3日)、筑紫女学園高校を卒業しました。

六年間を共にした大好きな友との別れは想像以上に辛い。
私は一部の友人から「筑女狂愛者」と呼ばれるほど母校が大好きだった。

私の原点でもあり、たくさんのお父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃんならぬ大勢の先生方に見守られた学生生活は言葉では表せられないほど暖かくて、楽しくて・・・

そんな筑女で過ごした日々はもうすべてが過去のものかと思うと、虚無感に包まれる自分がいるけれど、この感覚は昨日卒業した一同全員に共通するものだと思う。

私のような破天荒でどうしようもない人間を生徒会長として最後まで支えて下さり、本当にありがとうございました。女子高生らしい話が苦手で、政治以外の話題になるといつも顔がひきつるコミュ症な私ですが、大学生になったら少しは若者らしい話題にもついていけるように芸能やサブカルの勉強をしてみようと思います。
後輩の皆さんは、筑女生ということに誇りをもって素晴らしい歴史を新に刻んで下さい。
長くなりましたが、この六年間は私の一生の宝物です。
筑女の友達は一生もの。

写真は私の思い出の場所で最後の一枚。
恩師、中嶋利昭校長先生と校長室にて。


https://www.facebook.com/mizuki.yamamoto.12

http://8225.teacup.com/chikujyo/bbs
--

『私は一部の友人から「筑女狂愛者」と呼ばれるほど母校が大好きだった』と言っていた人物が、その翌月には自分の学校のいい加減な教育のせいで恥をかいたという内容の文章を発表していた、というより、おそらくこの時点で4月1日に発売された当該「正論」の記事は脱稿、送付済みと考えるのが自然。

どの面下げて、こんなことをfacebookに書けたのか、そして、この校長先生と写真に写ったのかと聞いてみたくなります。
そして、この「正論」の存在を知った校長先生がどんな気分になったかも。

ちなみに筑紫女学園についてはわかりませんが、小学校の方の上位校にあたる、高校のブログにはこんなことが書かれています。

--
卒業式練習後、3年生全体に話したこと
①国家「君が代」を美しく歌うための具体的指導を受ける学校は他にないといってよい。このような学校に学んだことを幸せに思い、自信と誇りを持ち続けてほしい。

--

さて、このような学校の附属小学校を卒業した者が、「私は小学校の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。」などと自分の出身校を告発するのは甚だ不自然です。
また、以前にも書いたように福岡の公立小中学校においては卒業式や入学式における日の丸掲揚、君が代斉唱の実施率は100%。そういう小学校を卒業して来た多くの筑紫女学園の生徒に囲まれていたはずなのに、「自分の友人のほとんどは未だに君が代を歌うことができないと言う」と主張するのも同じく不自然。あるいは自分の友人は教えられても君が代を覚えられないバカばっかりとでも言うつもりか(苦笑)。

さらには、当人が掲げてる数々の肩書きがまた矛盾を引き起こしている。

「国家観」を持ち「国を守れ」という者が

『核兵器廃絶と平和な世界の実現を目指す『高校生1万人署名活動実行委員会』に所属』
『原水禁 福岡県代表として原水禁世界大会を始めとする行事に参列』
『平和大使使節団としてスイス・オランダに派遣。』


こういう肩書きって、どう考えてもおかしくありませんか?

原水爆の廃絶を願う人って、国家間の戦争など起こさないようにすれば、核兵器なんてものはいらなくなるという発想はおおむね共通していると思います。
一方、「国家観」だとか「国を守れ」なんて主張する人は、他の国からなめられないように強い軍事力を持つ必要があるという人がほとんど。安倍一派を見ても彼らが原水爆の禁止に熱心とはとても思えない。

こういう、矛盾しているとしか思えない行動をこの人はとっているのです。

==========

では、どうしてこういうことができるのでしょうか。

結局、この人はその場で何が自分にとって得かを考え、強いものに迎合する行動を取っているのではないかと、私には見えます。

だから、高校の途中までは核兵器廃絶に熱心だったのに、竹田宮にでも感化されたのか、まるで真逆の主張をするようになった。ただ、在籍している学校は批判しない。
そして、竹田宮にくっついて行動し、慶応大学に進学できたというのですから、ある意味、非常にわかりやすい。

もちろん、「自分の誤りに気づいたから主張を変えただけだ」ということもあるでしょう。
でも、だったら、過去の自分の行動はしっかりと総括すべきだし、また、核兵器廃絶のために派遣された際に得た経験を、まるで真逆のものであるかのように扱うのは、信義にもとる行為。
そして、自分の在籍校も告発の対象に含めてこそ、言論人としての整合性をとることができるはず。

でも残念ながら、この人にはそこまでの覚悟は見られない。
というか、そういう必要性を認識できていないから、間接的に自分が告発している学校名を堂々とかかげ、そこでの学校生活を称賛するという矛盾した行動をとれるのでしょう。

そしてあの「正論」の記事は、「正論」というメディアが喜ぶ内容を「女子高生」という肩書きで書いたから載せてもらえたとしか言いようがなく、本人もそれがわかっているから、ギリギリ女子高生を名乗れるあのタイミングでの掲載だったし、内容も、客観的なデータの裏付けはほとんどなく、とにかく掲載されるにはどうしたら良いか、それだけを考えて書かれているものにしかなっていない。

おそらく、このままで行けば、この人は産経などの一派に使い捨てられて終わってしまうでしょう。
自業自得と言ってしまえばそれまでですけれど、こういう未熟な人を利用してまで、日本を自分たちの言いなりになるような国にしたがる「自称保守」の面々には本当に腹が立ちます。

本件、以上です。

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メディアにおもねる女子高校生(3) ー 創作右翼の「正論」

前エントリからの続きです。

山本みずきという女子高校生(当時)が書き、雑誌「正論」に載った文章が、事実に基づいた論考などではなく、メディアの喜ぶように書いた、売名のためのものであったと疑われる根拠を、引き続き示します。

--
建国者とはその国にとって偉大な功績を残し、全ての国民から敬愛されるべき人物である。
もちろんこれはアメリカだけの話ではなく、世界を通じてそうである。

たとえばお隣の国の中国では、その象徴たる天安門広場に大きな毛沢東の肖像画が飾られていて、
また日の出と同時に中国旗が掲揚される。早朝から毛沢東を拝むために大勢の人民が広場に集まる
光景があり、私もそれを実際に見たことがある。

本来、国民にとって建国者とはそれほど尊い存在である。
--

これまた、平和ボケもいいところでしょうね。

世界的に見ても、建国の過程では多くの血が流されたという事実こそ常識。
だから、建国者を忌み嫌う人々も沢山居て当然。
逆に、それがわかっている国、即ち、無理な統治をして来た国ほど、建国者を神格化するもの。
北朝鮮しかり、サダム・フセインのイラクしかり、カダフィのリビアしかり。

この筆者によれば、毛沢東は建国者として、全国民に尊敬されているということのようですが、台湾が〜、とかチベットが〜とか、中華人民共和国によって圧迫された人々の代弁者面をして来た一番の日本のメディアは、産経グループじゃありませんか。

この筆者にかかれば、チベットの独立性を主張するダライ・ラマなどとんでもない人物ってことになりますね。それをはっきり「正論」に載せる文章に書いて欲しいもの。
まあ、そんなことを書けば載らなかったでしょうけど。

--
しかし、ダグラス・マッカーサーが建国者という回答は理解に苦しむ。
彼は先の大戦の終結後に日本を占領したGHQの最高司令官ではないか。

今般のアンケートにより、
戦後日本の歴史教育はマッカーサーの影響を強く受けていることが判明した。
彼が我が国の建国者として認識している若者が5人もいたことには頷ける部分もある半面、
愕然とした。

私は、5人の学生がこのような発想に至った原因を究明するために、
彼らに日本史を教えていた先生から直接話を伺うことにした。

その先生に同様の質問をすると、返ってきた答えは
「日本国憲法の制定が我が国の建国だ」
というものであった。

つまり、先生曰く、主権が天皇から国民に移ったことにより、それまでの歴史は断絶し、
新たな日本の歴史が始まった、というわけだ。
原因はここにあった。

ちなみに、戦後に関して教科書には
「GHQは、当初、日本占領の目的は、民主化と非軍事化にあるとして、日本国憲法の制定を
はじめとする一連の民主化政策を押し進めた」と記載している。

おそらく5人の学生たちは当初から日本国憲法制定をもって我が国の建国とみなす認識を
もっていて、先述の教科書に記載されている」内容からGHQの最高司令官である
マッカーサーが建国者であるという解釈に至ったのだろう。
--

征服者によって「建国」がなされるなんて古今東西どこでもあること。
現在のイラクやアフガニスタンの「建国者」はブッシュという人物が居ても何の不思議もない。

こんなことに愕然とすると平気で書けるところが、この筆者の平和ボケぶりをさらに現しています。
というか、日本語として書いていることがバラバラですけどね。

「原因はここにあった」と認識しているはずなのに「理解に苦しむ」
「頷ける部分もある半面、愕然とした。」

こんな相矛盾したことが書けるのは、この人は事実を事実として受け入れることができず、自分の思い込みに物事を当てはめ、そこからはずれると端からネガティブな感情をむき出しに攻撃を加えてしまうという、論者として非常にレベルが低い人物だからでしょう。

--
ここでは「あなたにとって天皇とはどのような存在か」という内容を尋ねた。

我が国は初代神武天皇の即位から途絶えることなく、2670年以上も続く長い歴史を誇る。
このような日本の歴史の中枢を担ってきた天皇の存在を現代の若者たちはどのように認識
しているのだろうか。

最多となった回答が「象徴」であったのは言うまでもない。
戦後の教育を受けてきた人なら理窟や道理は推論できるはずだ。
それはさておき、ここでは次のような結果がみられた。

「日本を代表として他国と親しくする人」
「日本の歴史を象徴する人物」
「尊く・美しく・日本人として誇らしい存在」
「平成を支えている偉大な人物」

など、天皇陛下への尊敬の念が伝わる回答が多く、
学生たちは陛下に好印象を抱いていることがうかがえた。

これはもちろん、今上天皇を始めとする歴代天皇と皇族方が日々、
国家・国民のため誠心誠意お努めになった結果であろう。
--

今上天皇は、日の丸・君が代の強制は良くないとはっきり言った人ですけど、そういう事実にはすっかり頬被りして、自分に都合の良いように天皇を利用している。

一方で、天皇に否定的な意見の持ち主を貶めることには余念が無い。

--
一方で、残念ながら天皇に否定的な印象を持つ若者がいたことも事実だ。
その類の回答をみたとき、私はとても驚いた。

--

ここでもまた、「事実だ」と書きながら「驚いた」などと書く。
とにかく媒体に良い印象を持ってもらおうと必死になっている姿が透けて見えます。

--
ちなみに、中立的な「象徴」と答えた学生は50人で、
肯定的回答者と否定的回答者の比率は、なんと25人ずつの同等であった。

--

「象徴」と書くことを中立などと分類するなら「肯定的回答」って何なんでしょうね。
「否定的」の方はダラダラ書いて貶めているのに、「肯定的」の方が全く書かれていないのが不思議。
本来、「象徴」であることは確定事項なんですから、この人のようなあたかも天皇が現人神であるかのような「回答」をするのも「否定的回答」としなければならないはずなんですけど。

--
そもそも天皇とはなにか。
端的に言えば「祭り主」である。
天皇は古来、一貫して「祭り主」であった。

8世紀初頭に完成した養老律令のなかには、すでにこの趣旨が明示されている。
具体的な祭り主の仕事とは、国の平和と民の安心を祈願することで、
天皇は祭祀において「国平らかなれ、民安かれ」と祈願する。

日本が長期にわたって国家を保ちつづけてきたのには、我が国の君主たる天皇が、
いつの時代も国民を愛し、国の平和と民の安心を祈る存在である一方で、国民もまた
天皇の統治する国を支えることを当然と考えていたからではないか。

それはGHQの占領下に置かれた戦後も変わらない。

戦後に成立した日本国憲法第一条に、
「天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であつて、この地位は、
主権の存する日本国民の総意に基く」と記し、「日本国民の総意に基」き天皇の地位が
あることを規定している。

これは有史以来の事実であり、我々日本人は主体的かつ自由な意思の下に天皇を戴いている。
昭和天皇が仰せられたように、天皇と国民の紐帯は君臣の信頼と敬愛により結ばれていて、
それは世界でも類の無い君臣の関係である。

我が国はまさに万邦無比の国柄なのだ。
--

だから何ってところ?
過去に天皇と国民がどういう関係であったかなんてどうでも良いことなのであり、現代の国民の多くが、もし天皇に否定的な考えを持つようになったら、その時点で、「国民もまた天皇の統治する国を支えることを当然と考えて」いなくなっただけのこと。

そんな「事実」はいくらでも変わり得るのであり、現代の若者が仮に先人のようには考えなくなったとしたって、それもまた「事実」であることには変わりなし。
その「事実」から目を背けて「万邦無比の国柄」「宣戦布告」などとイキがったって、ただの妄想狂に過ぎません。

--
先のアンケートにおいて、日本は「紀元前660年に神武天皇が建国した」と答えることが
できた、二人の学生のうち一人に国家観について話を聞いてみた。

--

で、何でそっちの話を聞くの?
この人の問題意識を解消するためには、反対の意見の人の話を聞かなければ意味ないじゃありませんか。

まあ理由は察しがつきますけど。
こんな浅い妄想に依拠した「国家観」なんてものをひけらかしたって、論破されるのがオチとわかっていた、もしくは実際にそうなっていたからでしょう。

だから、自分の言いたい事を肯定してくれる人を選んでインタビューしたんでしょうね。

--
ところで、国家観の欠如とは、世界でも日本だけにみられる特異な現象である。
私は今まで30回近く海外へ渡り、モンゴルやモルディブ、マレーシアを始め、
様々な国で実際に学校教育を受けてきた。

中でも忘れらない光景の一つに、小学3年生のときに留学したアメリカで、星条旗を前に
忠誠を誓う幼い子供たちの姿があった。なんと、アメリカでは幼少期から国家観を養う
ための教育が行なわれていたのだ。
--

この筆者の妄想世界の「国家観」など、世界のどこを探したって、持っているのはこの筆者だけでしょう。
そして、「国家観」なんて教育をやっている方がむしろ不自然。
アメリカのそれも、別に国家観を養うためにやっているんじゃない。
アメリカの国旗にどんな意味があるかを、知識として知らしめるためにやっているのです。
だから「留学生」ですら、その場に立ち会うことになる。

「国家観」を養う為の教育をするなら、「国民」だけがいる場でやるもの。この筆者の言っていることは最初から矛盾しています。

--
日本人の中には、それを実感していない人もいるかも知れないが、
日本は国際的に高く評価されている。

そこには、無意識にも他人を思いやった行動をとることができる
日本人の精神性が大きく関係しているのだろう。
一方で、我々日本人はその素晴らしさを見失っている現状がある。

だが、歪んだ国家観を有する国民に本当の意味で国家を守ることができるだろうか。
--

日本が国際的に高く評価されている部分はあるだろうし、「無意識にも他人を思いやった行動をとることができる日本人の精神性が大きく関係しているのだろう」という認識にも同意できる部分がありますが、だとしたら、その精神性に「国家観」なんてものはほとんど関係ないと思いますけどね。

そして、「だが」とつないでいきなり「国家を守る」だなんて、何の関係があるというのでしょう。どうみたって支離滅裂
論旨も何もなく、ただ自分が言いたいことをただ並べただけってことが丸わかりです。

--
昨年、私はスイスのジュネーブにある国連欧州本部を表敬訪問し、軍縮会議を傍聴させて
いただいた。そこで、核保有国であるパキスタン政府と戦争による唯一の被爆国である
日本政府が、核兵器禁止条約をめぐる議論を戦わせる姿を見て、国家観の必要性を
痛切に感じた。

というのも、外交には相手がいて、勝負は常に主張と妥協の連続にならざるを得ない。
よって、健全な国家観と国際的な視野を兼ね備え、自国の国益を高く堅持しつつも、
相手国との共通の利益を模索し続ける姿勢こそが重要となる。

そこでもし、正しい国家観をもたない人間が外交の立場に立ったらどうなるであろうか。
極論であるが、相手国の利益ばかりを受け入れることに繋がりかねない。
そのような外交が展開されるならば、日本国家は確実に衰退する。
--

マレーシア、アメリカ、そしてジュネーブと、とにかく自分が海外に行ったことを自慢したいのでしょうけど、さてさて、この人は、日本とパキスタンがどういう姿勢で核兵器禁止条約に臨んでいるかわかっているのでしょうか?
あたかも、「核保有国であるパキスタン政府」が核兵器禁止条約に反対し、「戦争による唯一の被爆国である日本政府が」核兵器禁止条約に賛成しているかのような印象操作をしたいのでしょうけど、実際には、パキスタンが賛成して、日本は棄権しているんですよね、この条約に対しては。

さて、「核保有国」「被爆国」というキーワードと「国家観」を持ち出して、具体的に何がどうだとこの人は言いたかったんでしょうね。
パキスタンはちゃんとした国家観を持っているから「核保有国」だけど、禁止条約には賛成している。日本は国家観が定まっていないから「被爆国」なのに、禁止条約に賛成できない。
そういいたいのでしょうか?
それならそれで一貫性がありますけど、国家観なんてものを持ち出す人って、この人もそうですけど、実力で「国を守る」ことを重視する傾向にあるようで、そういう人は、必然的に「核の傘」「核抑止力」に対して肯定的でしょ。

だとしたら、「国家観」を持っているはずのパキスタンの行動の方が怪しくなって、日本の方が真っ当という結論になるはずなんですけど、具体的にどういう議論が行われて、それが自分の主張のどういった根拠になっているのか、そういうところは一切言及しないで、ただ、それを見たということを自説の箔付けに利用しているだけなのが、この人。

そして、この筆者は持論を以下のように結んでいる。


つまり、国家観や愛国心をもたない国民が増えることは日本の危機なのだ。

すでに日本は、国家観の欠如が、外交や安全保障のみならず、
多くの問題を招いているように思う。

それらの問題を一刻も早く解決するためにも、
我が国は当たり前の国家を愛することのできる国にならなければならない。

先ほどの日本の学生のように、国家を思う若者が増えれば、
我が国は一層輝き渡ると私は信じている。

多岐にわたる問題が溢れかえった今こそ、先人たちが築き上げてきた日本の誇りを
呼び覚ますべき時ではないだろうか。

--

まあ、空虚なことこの上なし。

国家を愛せるかどうかは、その国が愛するに足る存在であるかどうかで決まるんです。
国家が、国民各々の人生において重要な働きをなし、国民に対して誠実であれば、自ずと愛国心なんて醸成されて来るもの。
というか、この人は天皇が多くの人に肯定的に捉えられていることに対して、「我が国の君主たる天皇が、いつの時代も国民を愛し、国の平和と民の安心を祈る存在」であったからと言っているのですから、国家に対しても同じ視点を持たなければおかしい。
「我が国は当たり前の国家を愛することのできる国にならなければならない」なら、国家が国民を大切にすることが前提なのであり、国民に日の丸君が代のようなものを強制しようとする国家など、愛される資格が無い、それで終わりのはずなんですけどね。

ということで、この山本みずきという人の「正論」の怪しさについて、考察してみました。

次回、何故このような文章をこの人は書いたのか、について論じて、このネタは締めたいと思います。

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メディアにおもねる女子高校生(2) ー 創作右翼の「正論」


前エントリの続きです。
山本みずきという女子高校生(当時)が書き、雑誌「正論」に載った文章が、事実に基づいた論考などではなく、メディアの喜ぶように書いた、売名のためのものであったと疑われる根拠を、引き続き示します。

--
そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、
私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた10項目の質問事項に答えてもらうという
ものだ。日本では、福岡市内にある4校のうち136人の高校生を対象に声をかけた結果、
100人より有効回答を得た。

そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、
21人の大学生より有効回答を得ることができた。
--

福岡の小学校なら教えられていたはずの君が代が歌えず、日の丸・君が代を学校見た事がないことに衝撃を受けたらしいこの筆者は、こんなどうでも良いアンケートをやったそうですけど、そのきっかけを書いた時点で、またまた馬脚を現しています。

--
昨年の春、東京都で行われた慶応義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、
私は大きな衝撃を受けた。なんと、我が国は現存する世界最古の国だと言うのだ。
--

そりゃ「竹田宮」はそう言うに決まっています。
自分の家系がそこまでさかのぼれると言いたいんですから。

そういう利害関係者の話を鵜呑みにしているという時点で、この筆者の情報の取捨選択には偏りがあると言っているも同じ。

偏った観察からは、偏った答えしか導けません。

--
このような思いもあり、今般のアンケートにおける最初の質問は「日本が建国した年」と
「日本を建国した人物」を尋ねる内容にした。

世界中どこの国に住んでいる人も、祖国がいつ、誰によって建国されたのかを
詳らかに語ることができる。

たとえば、アメリカの教育を受けたにもかかわらずアメリカの独立戦争を知らず、
初代大統領のジョージ・ワシントンを知らないアメリカ人などいるだろうか。
同様に、フランス革命について語れないフランス人や、
毛沢東を知らない中国人などいるはずがない。

そう、自国の建国の経緯に無知であることは世界の非常識なのである。

--

ここで、この筆者はお粗末なすり替えをやろうとしています。
「建国の経緯」とされる事象を知っていることと、それを「建国の経緯」と認めることは全く別問題だということを。
即ち、神武天皇という人物が国を作ったという話が伝わっていることを知っていることと、それを「建国」と認めない人だって沢山いるのだということを意図的に無視しているのか、それとも、それがわからないほど無知なのか。

現代のアメリカの教育において、コロンブス以前からネイティブアメリカンがアメリカ大陸に存在していたことを教えないなんてあり得ない。即ち、独立戦争やジョージ・ワシントンを知っているからといって、彼らによって「建国」されたと認めない人は沢山居ます。
特に長年差別されて来たネイティブアメリカンの末裔との意識を持っている人なら、ジョージ・ワシントンなんて、侵略者の一人でしかないと感じるはず。
中国にしたって、中国4千年の歴史を誇っている人にしてみれば、毛沢東のことは知っているけど、彼が主導して作った現在の中華人民共和国の成立をもって中国の建国だなんて認めるはずがない。それだけで自己矛盾を起こしてしまいます。
あるいは台湾の人々にしてみれば、中華人民共和国の成立が中国の建国だなんて、絶対に認められないはず。
フランスにしてもそう。フランス革命を知っていたからと言って、バスチーユを襲撃した者が建国したなんて言う人が果たしてどれだけいるというのか。

--
だが、アンケートは衝撃的な事実を明らかにした。
日本人はその社会通念を知らなかったのだ。

アンケートの質問に回答するどころか、有効回答だった100人のうち、半数以上の学生が
建国の歴史に関する最初の質問二つに未回答だったのである。

「紀元前660年に神武天皇が建国した」と答えることができたのは、未回答を含む100人中
わずか2人で、9割以上が我が国の建国について無知であることがこの調査から分かった。
また、5人の学生は建国した人物をマッカーサーと回答し、その他、推古天皇や卑弥呼などが
挙げられた。

対してアメリカでの結果はどうだろうか。
建国者には多少のばらつきがあるが、総括する全てのアメリカ人は
「Founding Fathers (Washington. Jefferson. Patrick Henry. Hamilton. Msdison. etc.)
によって、1776年7月4日に建国された」と回答していて、未回答者は一人もいなかった。

--

こんな質問には未回答という態度が健全な国。
そして、たった21人しか聞いていないアメリカ人の答えとは、おそらくネイティブアメリカンの末裔は一人も入っていない偏ったサンプルの答え。

こんな恣意的な数字の扱い方をして、世間を欺こうというのですから、世間知らずもいいところでしょう。

--
アジア史を専門とするイタリアの考古学者Dr.Daniele Petrella にこの調査結果を見てもらった
ところ、彼は次のように述べた。

「祖国の建国に纏わる歴史を知らないことは実に非常識である。ましてや、日本史とは、我々
外国人から見ても崇敬の念に値する他国に類を見ない素晴らしい歴史だ。私が考古学の世界に
入ったきっかけは日本の歴史にあった。

その素晴らしい歴史のおかげで考古学という分野に興味をもつようになったのだが、
この調査結果は日本人を疑いたくなる結果でもある」 と。

複雑な歴史をもつイタリアの学者が日本の現状を以上だと示唆しているのだから、
世界からみると甚だ非常識の結果に違いない。

--

で、何でこの筆者はそのイタリア人学者に「イタリアを建国した人」「イタリアが建国された年」を聞かなかったんでしょう。
この筆者が書くように、イタリアの歴史は複雑であり、簡単に誰が何時なんて言えるもんじゃない。

おそらく、この筆者は日本の高校生が「答えない」ことを「知らない」と歪曲し、かつ自分が信じているおとぎ話を「定説」と吹き込んで、このイタリア人学者からのコメントを引き出したのでしょうね。

非常識なのは、こういう始めから結論ありきで、都合の良い話をつまみ食いする、そういう日本人の態度でしょう。

続きます。

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メディアにおもねる女子高校生(1) ー 創作右翼の「正論」


前エントリで、建国記念の日の「由来」を高校生が知らないからって、そんなものはどうでも良い話だということを書きましたが、あの記事には、そもそもそういうおバカなことを雑誌「正論」に書いた、女子高校生が居たという前段があるわけです。

一体この女子高校生はまともな歴史を学んで来たのかと問いつめたくなりますが、どうやら、そこには学んで来たかどうかよりも、あるメディアにとって都合の良いことを書けば取り上げてもらえるだろうという、計算があるようです。

この「正論」に載った『18歳の宣戦布告 国家観なき若者に告ぐ』という文章ですが、何故か生長の家のサイトで読むことができるようです。二次情報を使うのはいささか問題はありますが、その中で、読んでいて頭が痛くなった部分を紹介ます。

--
『18歳の宣戦布告 国家観なき若者に告ぐ』

「日本を建国した人物は」の問いに、高校生100人中5人が「マッカーサー」と答えた。
やむにやまれぬ思いで私はこの小論を書いた。

《国家観なき若者》

2年前の高校1年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、
現地の先生に日本の国家を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に
私は国歌を歌うことができなかった。

それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。
君が代の歌詞を完全に暗唱できなかったからだ。

あの時の学生たちの唖然とした表情を忘れることは一生ないだろう。
まさに、日本を知らぬまま日本人とした生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

平成7年生まれの私は小学校の頃から、学校生活を送る中で
一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。
自分の友人のほとんどは未だに君が代を歌うことができないと言う。
--

まずこの「マッカーサー」の下りが、決して間違いとは言い切れないことは、前エントリでも書いた通り。

そして、君が代の下りははっきり言ってでしょうね。

だって、平成7年生まれといえば、小学生時代を過ごしたのは平成13年4月から19年3月にかけてということになる。
例えば、平成14年7月に文科省が出した、『学校における国旗及び国歌に関する指導について』という文書には

--
平成一四年度入学式においては、国旗掲揚については、小学校九九・九%、中学校九九・九%、高等学校一〇〇%、また、国歌斉唱については、小学校九九・二%、中学校九九・三%、高等学校九九・八%の実施率となっています。

http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t20020731001/t20020731001.html
--

とあります。
ちなみに福岡県の公立小中学校はこの時点で日の丸も君が代も実施率100%
つまり、この状況で『学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない』としたら、自分自身が卒業式や入学式といった行事を全てサボったか、この人の親が特別な私立の学校を選んでいたのかのどちらか。

でも、一番可能性の高いのは、この筆者が「正論」に合わせておとぎ話を創作したということでしょう。

客観的なデータとして、もはや若い世代が君が代が歌えないなんて言える状況ではないのに、いまだに「左翼の妨害」らしきものが存在したことを言い立てれば自称保守連中にウけて、「正論」あたりの媒体なら記事として載せてくれるだろうという、あざとい計算が見て取れます。
で、ウケ狙いで書き過ぎて、墓穴に落ちてしまったということでしょう。

これだけでも、この人物の書く事は信用がならないと判断するのが「まともな日本人」だと思うのですけれど。

続きます。

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作り話を知らないからって何だって言うんでしょう ー 建国話


建国記念日というものがありました。
まあ週の半ばの休日というのは、ありがたいものではありますが、記念日の意味としてはどうでも良い種類のものでしょう。

で、産経がまた頭の痛くなるような記事を書いています。
建国の物語「さえ」知らぬ高校生が98%なんですって。
そんなもの、知らなくったって何の不都合もない話でしょ。

--
【西論】
建国の物語さえ知らぬ高校生98%…わが国を素直に愛したい 大阪正論室長・河村直哉
2014.2.11 07:00 (1/3ページ)[westナビ]

 昨年のことだが、雑誌「正論」に載ったある文に小さからぬ衝撃を受けた。18歳の女子学生のもの。日本人なのに日本を知らない自分に恥ずかしさを覚え、日本人の国家観はどうなのだろうと若者にアンケートした。自国の建国の歴史について知っていたのは、高校生100人のうち2人。半分以上は回答がなかった。連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官、マッカーサーが建国したと答えた者が5人いた(山本みずき「18歳の宣戦布告 国家観なき若者に告ぐ」=平成25年5月号)。

 2月11日は建国記念の日。神武天皇が即位した日にちなむ。だが何人がそれを知っており、祝うのだろうか。若者だけが責められるべきなのではない。そもそも若者は建国の物語を教えられていないだろう。

(中略)

淵源にはGHQ

 以下は橿原神宮についていうのでなく、筆者なりの日本の戦後についての理解である。戦後、日本人は戦争にかかわったものを封印し、遠ざけた。あるいはそれらを一方的に罪悪視し、連続した歴史を持つべき国家をリセットしようとした。冒頭、建国の歴史について知っている高校生がわずか2人というのも、この断絶による。こうした消極的な忘却だけではない。積極的に建国の日に反対する集会が、いまだに開かれたりする。

 アンケートで日本を建国したのはマッカーサーと答えた者がいたのは、冗談としても笑えないが、日本の戦後史の事実を期せずして語ってもいる。

 昭和20(1945)年12月、GHQは国家神道を禁じたいわゆる神道指令を出した。表記を読みやすくして引くと、指令の目的は「再教育によって国民生活を更新し」「新日本建設を実現せしむる計画に対して日本国民を援助する」など。リセットである。神道に関する「あらゆる祭式、慣例、儀式、礼式、信仰、教え、神話、伝説、哲学、神社、物的象徴」が対象となった。いろんな場で、神々は遠ざけられていった。

 昭和23年にできた祝日法で祝日の宗教色は薄められ、例えば11月23日の新嘗祭(にいなめさい)は勤労感謝の日となった。2月11日の紀元節も日本は祝日として残したい意向だったが、GHQは認めず、法から除かれた。

 GHQだけが否定的だったのではない。日本が独立を回復してから建国記念の日を祝日に加えることが議論され再三、法改正案も出されたが、成立しなかった。反対の世論は根強かった。建国記念の日が祝日となるのは、ようやく昭和41年のこと。そのころ出された「紀元節問題」という冊子を見ると、「紀元節復活をかちとった右翼」「悪夢再現の日」などの文言がおどろおどろしく躍る。日本人自身によって、日本という国家は批判され否定されてきたといってよい。

国家意識回復を

 このような戦後史を日本人は直視すべきであろう。日本という国が古代から連綿と続き日本人が国家に属していると自覚する、つまり国家意識を回復することが、いまほど切実な課題となっていることは戦後、たぶんない。領土、歴史をめぐる中国や韓国からの圧力に、国民として踏ん張っていくべきところなのだ。冒頭のエピソードが示すごとき、国民としての根をなくしたような姿や、いまだに建国記念の日に反対するような姿勢では、外圧に抗しきれない。特に後者の左傾思潮は、さまざまに形を変えながら現代の日本をなお厚く覆っている。

 今月は、日本人が日本という国を意識する機会が増える。7日にはソチ五輪が開幕した。選手個人の健闘を願うのは無論だが、五輪は国家同士の祭典でもある。日本人選手として堂々とがんばってほしいし、また日本人としてその活躍を応援したい。2000(平成12)年のシドニー五輪開幕に際し、「国家から解き放たれて」などという社説を掲げる新聞社もあったのだが、まともな日本人ならこうした言説はおかしいと、もう気づくはずである。

 また、7日は北方領土の日で、22日は竹島の日だ。ロシア、韓国に不法に占拠されている日本の領土を、取り戻す機運を高める日だ。

 日本を取り巻く厳しい国際状況は、今後も続くだろう。素直にこの国を愛することから始めたい。ゆがんだ戦後日本を建て直すべきときである。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140211/waf14021107010002-n1.htm
--

神武天皇なんて人物がそもそも実在していたなどと信じる方がどうかしていますし、建国したのが紀元前660年だったなんてどこにも根拠の無い話
そんなものを知らないから何だというのでしょう。

フィクションとしか言いようが無い話の登場人物が何をしたか知らないというだけで、国家意識がどうのなどと言われるのは、まさに余計なお世話

そんなものを信じるくらいなら、マッカーサーが建国したという説の方が、よほどリアリティがある。そもそも、産経を始めとするウヨさん達の主張では、現在の日本国憲法はマッカーサーが作った占領憲法なんでしょ。
だったら、マッカーサーが建国したと答えた者の方が、神武天皇なんてものを信じているものよりも高く評価されるはずなんじゃありませんかね。

建国記念の日の由来を知らなくたって、日本の国がどうあるべきかを考えるのに、何の不都合もないし、むしろ、そんなものに囚われている人間よりも、ずっと自由な発想でより良い未来を追及できるというものです。
産経の言っていることは、言いがかりであるばかりでなく、根拠と結論が真逆になっている滑稽なものです。

真逆と言えば、『7日にはソチ五輪が開幕した。選手個人の健闘を願うのは無論だが、五輪は国家同士の祭典でもある。日本人選手として堂々とがんばってほしいし、また日本人としてその活躍を応援したい。2000(平成12)年のシドニー五輪開幕に際し、「国家から解き放たれて」などという社説を掲げる新聞社もあったのだが、まともな日本人ならこうした言説はおかしいと、もう気づくはずである。』こんなことも書いていますけど、これも全くのアベコベ。

五輪は国家同士の祭典なんかではない。それは競技者個人の祭典であり、政治的中立性、そしてイデオロギーの排除は倫理憲章にもちゃんとうたわれています。
もちろん、五輪が国家という枠組みを単位として競技者をグルーピングしているのは事実ですが、競技者の立場から見れば、そんなものは関係ない。まさに「国家から解き放たれて」最高のパフォーマンスを示すべき。
そして自国の選手を応援するなら、そういう競技者に対して自分たちの国の名を高めてくれてありがとうと感謝すべきなのであり、競技者に国家を押し付けるなんていうのは真逆の行為だと肝に銘ずるべきだということ。

こんなことを書く産経新聞はの記者や編集者は、産経流に言えば「まともな日本人」じゃないと呼ぶべきでしょう。
真っ当な日本人はそれに気づいていると思いますけど。

一本化を主張していた人々の赤っ恥 ー 都知事選

東京都知事選挙が終わりました。
結果は舛添氏の当選という、残念なものとなりました。
そもそも、投票率が5割にも満たず、また猪瀬前知事の亜流でしかない人物をまた当選させる都民には、自分たちの暮らしを守ろうという気概は無いのかと、ため息が出て来てしまいます。

それにしても、今回の選挙戦でピエロとなってしまったのが、「脱原発」統一候補を目指した細川元首相でしょう。
「脱原発」を訴えること自体は悪い事ではありませんが、元々それを推進する立場にあった者がそういうことを言ってもなかなか浸透しませんし、何より、彼の応援団を構成した多くの著名人が、宇都宮氏への立候補辞退を呼びかけたことが、細川氏のうさん臭さを嗅ぎ取らせてしまったのではないでしょうか。
細川陣営は、結果的に負けても、宇都宮氏が辞退せずに脱原発票が割れてしまったから負けたんだ、とエクスキューズするつもりだったんでしょうね。

ところが蓋を開けてみたら、両氏の得票を合わせても舛添氏に届かなかったばかりか、何と、細川氏は宇都宮氏にも負けてしまっていたという甚だ滑稽なことが起きてしまいました。
細川応援団は、舛添氏を批判するよりも、一本化に同意しない宇都宮氏を批判することに血道を上げていたのに、実は一本化したいなら自分の方が辞退すべきだったという現実が見えていなかった。

細川氏こそ「勝てる候補」として、宇都宮氏に辞退を迫っていた著名人の皆さんは、見事に赤っ恥を曝してしまったってことですね。

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都合が悪くなると民間のせい ー 安倍政権


安倍のダボス会議での失言を通訳の責任になすりつけようとしている政府ですが、その通訳が政府の人間ではなかったと印象操作をしようと必死です。

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英独発言の通訳「適切でない」 外務省が通訳会社を注意
朝日新聞2014年1月31日(金)23:14

 安倍晋三首相が第1次大戦前の英独関係を持ち出して日中関係を説明したスイスでの発言をめぐり、各国メディアへの通訳が適切ではなかったとして、外務省が民間の通訳者と通訳会社に注意したことがわかった。31日の自民党部会で外務省が報告した。

 首相が英独関係の説明をした際、外務省から同時通訳の外注を受けていた通訳者が「我々は似た状況にあると思う」という言葉を英語で付け加えた。外務省幹部は「首相が言っていない言葉を通訳した。通訳会社と本人に厳しく指摘した」と述べた。

http://www.asahi.com/articles/ASG1052PWG10UTFK00M.html
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富の再配分や行政サービスの否定には、何かと「民間なら」とか言うくせに、自分たちに都合が悪くなると、それを民間のせいにしようっていうんですから、御都合主義も極まれりです。

いずれにしろ、そんな「通訳会社」を選んだのも政府
そういった補足が本当に余計なことだったとしたら、その場で「首相が言っていない言葉を通訳した。通訳会社と本人に厳しく指摘した」ということをできなかったのも政府。

政府が無能だった、もしくは通訳が言ったことが首相の本意だった、そのどちらかとしか評しようがありません。

おそらく真相は後者であり、こういう言い訳が自分たちの首を絞めるというロジックにも気がつかない無能ぞろいが今の安倍政権ってことでしょう。

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また責任逃れですか ー 安倍晋三

ダボス会議での失言の一件。
政府は自分たちの無神経さを、通訳のせいにしようとしています。

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英紙の安倍首相発言報道 通訳の補足説明で誤解!?
2014.1.25 09:27 (1/2ページ)[安倍首相]

 【ロンドン=内藤泰朗】安倍晋三首相がスイス・ダボスでの会見で、日中関係について第一次大戦前の英国とドイツの関係と「類似性」があると発言した-と英紙などが報じた問題で、首相が述べていない内容を通訳が補足説明していたことが分かった。

 会見に記者が同席していた共同通信が24日、報じた。首相は日本語で発言し、通訳は「われわれは似た状況にあると考えている」との文言を英語で補足したという。中国などが反日キャンペーンを展開する中、海外への情報発信の難しさを浮き彫りにした形だ。

 首相の発言については、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のコラムニスト、ラックマン氏が22日、ブログ記事で「安倍氏は現在の中国と日本の間の緊張状態を第一次大戦前の英独の対立関係になぞらえ『(当時と)同じような状況』と述べた」とし、日中紛争が避けられないかのような印象を与えた。

 報道を受け、菅義偉(すが・よしひで)官房長官は「(首相は)第一次大戦のようなことにしてはならないという意味で言っている。事実を書いてほしい」と反論していた。FT紙は24日付の論説記事でも、「1914年の欧州との比較は恐ろしく、扇動的だ」と批判した。

 日本に詳しいFT紙のアジア担当、ピリング記者は「第二次大戦などでも日本に問題があるとの見解が欧米では根強い。日本の知識がない記者ほど、その流れで書く傾向が強い。センセーショナルに書く風潮もある」と指摘した。

 一方、日本外交筋は「欧米での報道は一部を除き、事実を伝えるものが多かった。ただ、英国にはかつて反日ジャーナリズムがあった。記者たちが中国によるプロパガンダの影響で反日に走らないよう注意している」と述べた。

 情報を発信すれば、それを逆手に取られる恐れがつきまとう。しかし、英国の有識者の間からは、「第二次大戦以降の日本の歩みは胸を張れるものだ。歴史論争の罠(わな)に落ちないよう気をつけながら、恐れず真摯(しんし)な態度で未来志向の発信をしていくべきだ。歪曲(わいきょく)されたものは必ず後で暴かれる」(エクセター大のブラック教授)といった意見も聞かれる。


http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140125/plc14012509280004-n1.htm
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通訳は、安倍の真意通りのことを言っただけ。
それが問題になったから、あわてて通訳に責任をなすりつけようとしている醜悪な構図です。

だいたい、もしそれが問題だという認識があったなら、その場で訂正すべきだったのに、安倍は何も言わなかったし、周りに何人もいたはずの外務省の人間も何も反応しなかったんですから。

今更、通訳のせいにするということは、彼らはみんなまともに英語がわからない間抜け揃いだと言ったも同然です。

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戦争ごっこが好きなだけのボンボン ー 安倍晋三


安倍晋三が、ダボス会議で現在の日中関係を第一次世界大戦前の英独関係になぞらえたことが、問題になっています。
で、今になってあれこれ言い訳していますけど、どう足掻いたって、彼が現在の日中関係が戦争になる可能性を孕んでいると言ったことに変わりはありません。


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「事実を書いて欲しい」 首相見解を「日中衝突」とみる英メディア報道に官房長官が反論
2014.1.23 20:56 [安倍内閣]

 安倍晋三首相はスイス訪問中の22日、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で世界のメディア関係者と意見交換した。その際、「日中両国は軍事衝突につながるか」との質問に対し「100年前の英国とドイツは大きな経済関係があったが、第一次大戦に至った。質問のようなことが起きることは日中双方に大きな損失で、そうならないようにしなければならない」と答えた。

 首相の発言を受け、英紙フィナンシャル・タイムズは「安倍氏は、現在の中国と日本の間の緊張状態を第一次大戦前の英独の対立関係に明示的になぞらえ、『(当時と)同じような状況だ』と述べた」と掲載、英BBC放送は靖国神社参拝に関し「後悔や謝罪は全くなかった。単に、少数の「戦犯」を顕彰していると中国がみなしているのは誤りだと言い張っただけだ」と批判的に報道した。

 海外メディアの報道に対し、菅義偉(すが・よしひで)官房長官は23日の記者会見で、首相発言の全文を読み上げた上で、「第一次大戦のようなことにしてはならないという意味で言っている。首相の発言は全くおかしくない。事実をちゃんと書いてほしい」と反論した。

 菅氏によると、首相は外国メディアの質問に対し、100年前に起きた第一次大戦に至る英独関係の歴史的事実を説明した。その上で、日中間の連携の重要性を訴え、「問題があるときには相互のコミュニケーションを緊密にすることが必要だ」と強調、「同じような状況」といった表現を一切使わなかった。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140123/plc14012320590012-n1.htm
--

彼ははっきりと「大戦に至った歴史的経緯があった」と言っているんですから。
外国メディアは「事実」を書いただけ。

官房長官は「第一次大戦のようなことにしてはならないという意味で言っている。」と言い訳していますが、「同じような状況」にないなら「第一次大戦のようなことにはならない」と言うはずです。
第一次世界大戦のように双方の政治家が適切な行動を取らなかったら、日中間でも戦争が起きる。
そう言いたいってことでしょ。つまり、「同じような状況」ということ。

この「して」の2文字を入れたことで「語るに落ちる」をやっていることに気づいていないらしい間抜けが、安倍政権です。

仮に、あくまでも「同じような状況」とは言っていないというなら、第一次世界大戦は、どう頑張っても避けることはできなかったのか、政治家の努力で避けようがあったのか、何も語っていないことになる。
だったら、そんなものを言う必要は全くなかったはず。彼は、報道陣を前に、全く無意味なことを語っていた間抜けということになるだけです。

だいたい、今年は第一次世界大戦から100年という節目の年。
そんな時に、実際に戦場となり、多くの人々の命が失われたその欧州の地で、意味も無く、安易に大戦前の状況を引き合いに出す。
そして、「してはならない」という意味で言ったなら、当時の欧州の政治家は無能だけど自分は違うと言っているってこと。
仮にも一国の首相ともあろうものがそこまで無神経とは思わないのが、真っ当な報道関係者。
だから、彼らは「事実」を書いた。

それだけでしょう。

実際の安倍晋三は、戦争を起こしたって、自分以外の誰かが自分の嫌いな奴をやっつけてくれる、あるいは誰かに泣きつけば無かったことにしてくれる、そんな、彼らの想像を超えた、ただ戦争ごっこが好きなだけのボンボンだったということです。

ちなみにあの発言をした時の彼の本音はおそらくこうでしょう。

『現在の日中関係は、大きな経済的なつながりがあるが、そういうつながりがあっても第一次世界大戦を引き起こしてしまった、当時の英独関係のような状況にあります。ここで戦争が起きてしまっては、私たちだけじゃなくて、あなた達も困るでしょ。だから、あなた達が日本の味方になって、中国に圧力をかけて、日本のワガママを通せるようにして下さい。』

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テロ支援はどっち? ー 産経


安重根ネタの三連発となってしまいましたが、大日本帝国復活を目指すと自分から言った安倍政権のおバカさ加減にも呆れましたが、安倍マンセーの産経は「テロ支援」呼ばわりです。

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「テロ支援」と同じ行為
2014.1.21 08:04

 重要な選挙の投開票日は、投票が締め切られる午後8時のはるか前から、予定稿のチェックや出口調査の分析で、担当記者たちは大わらわです。

 名護市長選の投票日だった19日もそうでしたが、午後4時前に中国のハルビン駅に安重根(アンジュングン)の記念館が開設された、というニュースが飛び込んできました。

 さっそく選挙以外に予定していた記事を引っ込め、1面と国際面で展開しました。

 安重根は、千円札の肖像にもなった明治の元勲、伊藤博文を暗殺したテロリストです。

 一般的にテロリストとは、政治・宗教的な信条に基づいて非合法かつ暴力的な破壊活動を行う者と定義されていますが、安重根はぴったりと当てはまります。韓国とともにテロリストを顕彰した行為は、人道から逸脱した「テロ支援」と同じなのを中国は知るべきでしょう。(編集長 乾正人)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140121/chn14012108060000-n1.htm
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そもそも伊藤博文をはじめとした「明治の元勲」なんて、「政治・宗教的な信条に基づいて非合法かつ暴力的な破壊活動を行う者」にぴったりと当てはまる者ばかり、即ち「テロリスト」だったじゃありませんか。
そんな人物を紙幣の肖像にしていた日本は、ずっと昔から『人道から逸脱した「テロ支援」』を行って来たことになる。

この程度のことに頭が回らない産経のおバカさ加減も、安倍とどっこいどっこい。

そして、戦争犯罪人を顕彰するような靖国神社に首相が参拝する日本は、産経にかかれば明らかに「犯罪者支援国家」ですね。

こう書くと、「安重根を顕彰して良いなら、靖国があっても良いってことになる」と頓珍漢な難癖を付けて来る人がいそうですけど。

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