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吉田所長の致命的な判断ミス ー 共同通信「全電源喪失の記録~証言 福島第1原発 最終章」の虚構7


(6)逃げる時は見たのに、戻す時は風向きを見なかったの?

共同通信が配信した「全電源喪失の記録~証言 福島第1原発 最終章」に記された「事実」を炙り出すシリーズ、その7です。

一旦は所員を退避させた吉田所長は、その後すぐに彼らを呼び戻します。
その経緯をこの記事ではこんな風に描写しています。

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 もう第1原発敷地内で放射線量の低い場所などなかった。正門付近では午前7時2分に毎時882㍃シーベルトを計測していた。車内には全面マスクを着けていない社員もいる。この場にとどまるのは無理だった。
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 3月15日午前、福島第1原発所長の吉田昌郎(56)ら免震重要棟に残った面々は、状況が「悪いなりに安定してきている」と感じ初めていた。2号機原子炉に海水が注入できていて、構内の放射線量も下がってきていた。
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 退避を命じた早朝の時点で吉田は、2号機の圧力抑制室に大穴が開いて大量の放射性物質が放出され続ける、と考えた。だが正門付近の放射線量は午前9時の毎時1万1930㍃シーベルトをピークに徐々に下がっていた。抑制室に穴が開いていれば、構内の線量も上がり続けるはずだった。
 2人の話の輪に、4号機の火災を発見して戻ってきた第1復旧班長稲垣武之(47)も加わった。
 「線量は高いですけど、現場の作業ができないほどじゃありません」

--
 「こっちはなんとか大丈夫そうです。帰ってきてもらえませんか」
 まだやれることがあるー。
 「分かりました」。即答だった。

--
 15日午前、復旧班や発電班、保安班の所員たちが徐々に第1原発に戻り始めた。
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これを読むと、一旦は退避させたが、2号機原子炉に水が入り始めて、線量が徐々に下がって来たから、これなら現場で作業ができそうだけど、人手が足りないから、第二原発に電話をして戻って来てくれと頼んだ。
そうしたら、意気に感じた所員が喜んでその頼みに応じて戻って来た、というストーリーが読者の脳内に刷り込まれることでしょう。

でも、事実はどうなのか。
そもそも、本当に線量は下がっていたのでしょうか?

記録によれば、正門付近の線量は、午前9時に11,930μSv/hを記録した後、9時35分には7,241μSv/hと若干下がりますけど、10時15分には再び8,837μSv/hと上昇しており、10時25分に3,342μSv/hとふらついており、まともな技術者なら、このデータを見て「午前9時の毎時1万1930㍃シーベルトをピークに徐々に下がっていた」なんて判断ができるはずがない。
仮に数字から判断するなら、その次に正門付近での測定が行われた12時25分の1,407μSv/hという測定値を見なければ、「下がっている」なんて言えません
即ち、線量の傾向を見て呼び戻したなら、午前中に所員が帰って来るのは不可能

この点で、この共同通信の記者に「証言」している人々は正確なことを話していないと言えます。

そしてもう一点、この記事に書かれていることが正しいなら、吉田所長は線量の測定値の解釈で致命的な間違いをしている。

それは、午前9時に11,930μSv/hを記録した際に、あまりの高線量に「構内退避」をしたのか、MP-4付近に移動して線量を測定しており、その値が9時15分で58μSv/h、9時20分で50μSv/hでしかなかったということ。
即ち、風下でなければ、原子炉からの距離が大して変わらなくても、2桁も線量が低いところが構内にはあったということです。
ということは、逆に言えるのは、構内の正門付近で線量が下がって来ているとの測定値が得られたとしても、その時の風向きによっては、原子炉周辺の線量は全く下がっていない可能性があるということ。
そして現に、この間に風向きは北〜北東から、南東方向に変わっている。それ故、MP-4と同じような方角にある西門付近の線量は、

11:40 253μSv/h,
11:45 162μSv/h,
12:05 2,431μSv/h,南東,1.2
12:10 2,142μSv/h,南東,1.3
12:15 2,434μSv/h,東,1.3


と一気に上昇した。
南東からの風を受けて、おそらく免震重要棟周辺の線量はもっと高くなっていたはずです。正門付近だけの線量を見て、風向きにも注意を払わず(朝の退避の際には「風向きは大丈夫」と確認したことになっているのに)、線量が下がっているから所員を呼び戻すなど、技術者としてはあり得ない判断です。

そして、この「呼び戻し」に関しては、当該記事に、更におかしなことが書かれています。
それを次回紹介します。


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何もできないなら ー 共同通信「全電源喪失の記録~証言 福島第1原発 最終章」の虚構6


(5)「原子炉の監視」すらできなかったということは「全面撤退」したということ

共同通信が配信した「全電源喪失の記録~証言 福島第1原発 最終章」に記された「事実」を炙り出すシリーズ、その6です。

ネタとしては前エントリと同じ「全面撤退」に関してです。
一旦、「退避」を指示した吉田所長ですが、2号機の底が抜けたという判断が誤っていて、放射線量がそれほど上がっていないという理由で、所員を呼び戻します。

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 退避を命じた早朝の時点で吉田は、2号機の圧力抑制室に大穴が開いて大量の放射性物質が放出され続ける、と考えた。だが正門付近の放射線量は午前9時の毎時1万1930㍃シーベルトをピークに徐々に下がっていた。抑制室に穴が開いていれば、構内の線量も上がり続けるはずだった。
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逆に、2号機圧力抑制室に穴が開いていないのならば、まだ原子炉の監視は続けられる。制御室に滞在する時間を極力短くすれば、被ばくも抑えられるはずだ。
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まだやれることがあるー。
「分かりました」。即答だった。

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「2号機圧力抑制室に穴が開いていないのならば、まだ原子炉の監視は続けられる」ということは、即ち、『2号機圧力抑制室に穴が開いた』と判断して、所員の『退避』を命じた時点で、吉田所長はもはや『原子炉の監視』すらできないと認識していたということ。

それはやはり「全面撤退」を命じたということでしょう。

現に、その後火災が発生した時に、

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「4号機で火災発生。1F(第1原発)では手が出ない。自衛隊なり米軍なりに頼んでください。われわれはお手上げです」
午前9時39分、テレビ会議で吉田が言った。

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残っていた人員は、東電のメンツを守るための人柱。
吉田氏が調書の中で、「使いません、『撤退』なんて」とか「事実として逃げたんだったら言え。逃げていないんだから」などと強弁しているのは、はっきり言って醜悪。

我々が、あなた方が撤退しようとしたか否かを判断するのは、あなた方のメンツを守るための言葉遊びではなく、放射能汚染の被害から国民を守る努力を続けたか否かであり、「やれることがない」状態にしたということは、あなた方はその努力を続けることを諦めた、即ち全面撤退したということです。

続きます。

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残った人が死ぬなら ー 共同通信「全電源喪失の記録~証言 福島第1原発 最終章」の虚構5


(4)残る人が死ぬということは全面撤退だったということ

共同通信が配信した「全電源喪失の記録~証言 福島第1原発 最終章」に記された「事実」を炙り出すシリーズ、その5です。

3月15日の朝、9割の所員が第二原発へ行ってしまった事実が「命令違反」ではなかったことを主張するため、この共同通信の記事では、残った人が死を覚悟していたこと、そして逃げた人々もそれを意識していた事を、臨場感たっぷりに書いています。

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「自分たちがこの免震棟から退避させられるということは、残る人たちが死ぬということを意味していると思いました」
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ホワイトボードには復旧や発電、保安など各班で残った社員たちの名前が書き込まれていった。それはまるで墓標のようだった。
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もう妻には会えない、と思ったが、それ以上、言葉が出てこなかった。
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これが最後の食事になるのか・・・。
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おそらく、ここに書かれている「証言」は本物でしょう。
あのとき、現場に残った人々が悲壮な覚悟をしていたのは、想像に難くないし、その思いを否定するつもりも、貶めるつもりも、全くありません

ただ、そうだとすると、その時、彼らは福島第一原発がどういう状態になると思ったのでしょうか?

残った人々が全員死んでしまうような状態と言えば、燃料がメルトスルーして、どうにも手がつけられなくなり、免震重要棟に残った人々はその原子炉の暴走に巻き込まれて全員死亡するというイメージでしょう。

おそらく、上のような「証言」をされている人々は全員そう思ったはずです。

そして、吉田所長などは「構内に退避」しているはずの他の所員は、ひょっとしたら逃げられるかもしれない、で、彼らが第二原発まで逃げてしまったと聞いても、「別にやれることは何もないからまあいいか」、そんな風に考えていたのではないでしょうか。

さて、そうだとすると、この時の「退避」とは何だったんでしょうか?

残った者は全員死ぬ。つまり、ギブアップしたということであり、即ち、この「退避」とは「全面撤退」

明白です。

続きます。

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所長の保身 ー 共同通信「全電源喪失の記録~証言 福島第1原発 最終章」の虚構4


(3)それって自分の保身でしょ

共同通信が配信した「全電源喪失の記録~証言 福島第1原発 最終章」に記された「事実」を炙り出すシリーズ、その4です。

3月15日の所員の退避にあたり、吉田所長が調書の中で第二原発へ行けとは言っていないと述べていることを、共同通信は次のようなアクロバティックな解釈をしています。

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 ところが午前6時42分に吉田が発した言葉は、不可解なものだった。

 「構内の線量の低いエリアで退避。本部で異常がないことを確認できたら戻ってきてもらう」

 第2原発を退避先とすることは吉田と総務班長の間で前日夜に決まっていた。では吉田はなぜ「構内の」と言ったのか。この時の構内はどこも線量が高く、とてもとどまれる状況ではなかった。

 しかし約40分前、東京電力が第1原発から全面撤退すると考えた首相の菅直人(64)が本店で「逃げ切れないぞ」と激高していた。部下たちが「逃げた」と非難されないよう、吉田はとどまらないことを分かっていながら「構内に退避」と指示し、第2原発に行く正当性を担保したのではないか。

 「吉田さんはそういう人です」。対策本部にいた多くの部下たちはそう口をそろえた。
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はっきり言って、私にはこの記事に書かれていることが全くの意味不明

なんで、吉田氏が「構内に退避」と指示したことが第二原発に行くことの正当性の担保になるのでしょう。全くでしょ?

所員が第二原発へ逃げたことの正当性を担保するなら、自分が「第二原発へ退避」と指示しなければならないのは当然のこと。
そこで「構内に退避」と言うのは、『部下たちが「逃げた」と非難されないよう』ではなく『自分や東電が「全面撤退した」と非難されないよう』にする効果しかありません。

言って見れば、この指示は吉田氏が自らの保身のために言ったこと。
それが論理的に導ける結論でしょう。

それがなんで正反対の話になるのか。

結局、この記事は「記録」などではない、読者が読んでおもしろい「フィクション」だということ。
吉田所長というヒーローを設定した共同通信にとって、彼の行動は常に善でなくてはならず、その結論に導くためには論理も事実もねじまげ、また、その筋書きに沿った「証言」だけをかき集めた。

前回の「風向き」の件、今回の「正当性を担保」の件に、その共同通信の意図が良く現れています。

続きます。

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