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銃を持つ権利を与えられても自分の命を守る権利を与えられたことにはならない

先日書いた、「今日が最後の憲法記念日になるかもしれない」というエントリに、 goldbugさんという方から、
「人権は神に与えられるものじゃない」という趣旨のコメントをもらいました。

その論拠は、アメリカは基本的人権として銃を持つ権利を与えているのに、日本などは与えていない、だから基本的人権とは国家が与えるものだというものでした。
それに対し、私は、アメリカという国が銃を持つ権利を基本的人権に含めているだけで普遍的なものではない、それが入っていなかろうが、本来の基本的人権が神から与えられたものだということに変わりはないと答えました。

で、以後、goldbugさんは本来の主張とは関係ない、銃を持つ権利を与えないのは個人が自分の命を守る権利を放棄させることだとの主張を繰り返し、私は「銃を持つ権利=自分の命を守る権利」ではないというお答えを続けてまいりましたが、先日、goldbugさんから退場宣言が発せられ、議論はとりあえず終わった形になっています。

その過程でgoldbugさんからは、頻りに「力の弱い女性などが屈強な男と対等に渡り合うためには、銃を持つしかない」といった内容の発言がなされましたが、はたしてそれは正しいのでしょうか。

現実には、個人が銃を携行できるアメリカで、銃で殺される人の数は年間1万人。一方、日本では銃以外の手段も含めても殺される人の数は年間で400人程度
銃を持つことで自分の命を守ることはできていないといってかまわないでしょう。

何故このようなことが起きるのか、私なりに考えてみました。

******************************

(1)個人が銃を持てるということは暴漢も銃を持てる

一番大きな要因はこれでしょう。
誰もが銃を持てれば、他人の命を奪ってでも何かを成し遂げようと思う者も銃を持てるということ。
つまり、自分の防御力を高められるとしても、暴漢の攻撃力も高まる以上、その差は縮まらないどころか、逆に、「力の弱い女性など」の暴漢の方が、被害者として狙いを定めた「屈強な男と対等に渡り合うため」に使われることすら考えられる。
銃がなければ身体能力的に誰かを殺すことなどできそうにない者にまで誰かを殺す手段を与える、銃とはそういうものになっているということであり、個人が銃を携行できる限り、この行動を止めることはできないでしょう。

(2)暴漢は被害者が銃を持っている前提で行動する

また、仮に暴漢が銃を持たずに誰かを襲ったとします。でも、個人の銃の携行が認められている国で、相手も丸腰だなんて思う暴漢はよっぽどの間抜け。ほとんどのケースで、暴漢は被害者が銃を持っているという前提で襲撃してきます。
となると、例えば金品目的の襲撃だとして、日本なら刃物などで脅して財布を奪えばあとは逃げるだけですけど、アメリカでは財布を奪って逃げようとして背を向けた途端に、被害者から撃たれるかもしれないと暴漢は考えますから、そういうことができないように身体的に痛めつけるか殺してしまうしかないとなる。
だから、殺される人がこんなに多くなってしまうのではないでしょうか。

(3)銃を持つ者の殺意に、銃では対抗できない。

一方、相手が銃を持っていることが、誰かを殺すことを思いとどまる、即ち殺人の抑止力になるでしょうか?
これは抑止力にならないと言ってかまいません。
なにしろ、銃で自分の身を守るには、暴漢が攻撃して来ることを認識して、その暴漢に銃を見せて、こちらを攻撃することを諦めさせるか、暴漢を撃って戦闘力を奪うしかない。
でも、暴漢が最初から銃で殺すつもりでいたら、相手にわざわざ攻撃することを教えるはずもないし、相手が銃を見せたところで、暴漢は撃ってしまえばそれで目的達成。暴漢自身が銃を持てれば、相手が銃を持っていたって、殺そうとしている方が必ず先手を取れるのですから、殺人の実行には何の支障もないのが残念ながら現実です。

銃犯罪の加害者と被害者は、別に決闘をしているわけではないってことです。

(4)銃なら、遠くから人を殺せる

(3)とも関係することですが、銃の特徴は離れた場所から人を殺傷できるということ。銃を持たずに他人を殺そうと思うと、刃物を使うにしろ、首を絞めるにしろ、突き落とすにしろ、相手の手が届く範囲に接近しなければなりません。そうなると、反撃される可能性が高くなるし、失敗したときに顔を見られて犯人として名指しされる可能性も高くなります。
ところが、銃ならそこまで近づく必要がない。こちらの殺意を察知される前に、数メートル離れたところで撃ってしまえば反撃も来ないのですから、人を殺すハードルがものすごく低くなります。

******************************

ということで、個人が銃を持てるということは、自分の身を守るではなく、自分の身を危うくするという結果にしかならない。goldbugさんがおっしゃっていたような、暴漢から銃で自分の身を守るというシチュエーションが発生することは、現実には無いと言ってかまわないと言えるでしょう。

では、アメリカの人々は何故銃を持つのでしょう。

犯罪に対する抑止だとすると、それは、こんなことで殺されては割りに合わないと犯罪者が考えるような、そして、相手を殺すつもりは無いような、スリ、ひったくり、住居等に侵入しての窃盗、そういうものに対してのものでしょう。
こちらは、確かに相手が銃を持っているかもと思ったら、実行を躊躇する可能性が高いと言えます。

つまり、アメリカ人が銃を持つのは自分の身を守るためではない、自分のお金を守るため。
goldbugさんは、そこのところを完全に見誤っていたということです。

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テーマ : 憲法改正論議 - ジャンル : 政治・経済

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コメント

ごく当たり前のことから、どうしてこんな変な結論を導くんだろう?

一言でいえば、
「憲法で権利が保証されていても、実際の運用でその権利が
100%保証される訳ではない」
ってことでしょ?
別に銃で身を守る権利だけでなくてあらゆる権利がそうじゃん。

最後の「金を守るため」って結論は何?
アメリカンジョークの類?
それとも風が吹けば桶屋が儲かるの類?
何と言うか、妥当性が検証されていない前提から結論出すのは、
途中の推論がどれだけ優れていても論理的とは言えないんだよ。
知ってる?




あなたは論理より自分の感情が優先ですものね


通りすがりの通りすがりさん

>一言でいえば、
>「憲法で権利が保証されていても、実際の運用でその権利が
>100%保証される訳ではない」
>ってことでしょ?

全く違いますね。
ある基本的人権を保障しやすくする手段という名目で与えられた権利が、その正反対の結果、即ち基本的人権を侵害しやすくする結果を示しているという話です。

>別に銃で身を守る権利だけでなくてあらゆる権利がそうじゃん。

私は、そんなお間抜けな権利が延々と残っている実例を知りませんね。
普通は、そういうものは実効性があるように改められて行くものです。

>最後の「金を守るため」って結論は何?
>アメリカンジョークの類?

冗談でもなんでもなく、それが現実ってことですよ。
人々が銃を持つのは、命を守るためよりもむしろ財産を守るため。
違うと言いたいなら、年間1万人も殺されているのに、何で人々が銃を持ち続けるのか、他に合理的な理由を述べてくださいな。

>何と言うか、妥当性が検証されていない前提から結論出すのは、
>途中の推論がどれだけ優れていても論理的とは言えないんだよ。

一体全体、何が「妥当性が検証されていない前提」なのかさっぱり意味不明。

ネガティブな言葉をただ並べたって、そんなものはただ「自分は白砂青松の書いていることが気に入らない」という、あなたの感情の撒き散らしにしかならない。
こんな文章を書く人から「論理的とは言えない」などと言われても苦笑するしかありません。

>知ってる?

あなたは、自分自身のトンチンカンぶりを、まず知るべきですね。


その妄想を打ち砕く-1

俺はここに、誰もが認めざるを得ない統計データを出すことができる。
君のように、何の事実にも基づかない机上の空論じゃないやつね。

*アメリカの銃の売り上げは上昇を続けている
「銃メーカー スミス&ウェッソンの売上推移」
http://tousin2814.blog.fc2.com/blog-entry-365.html

グラフは過去10年だが、誰が見ても分かる通り売り上げは上昇を続けている。
上のグラフは販社が認識している数字で、裏で流通している銃も含めればもっと多くなるだろう。
また、普通に考えればこの売り上げ上昇に「力の弱い女性」が
関与していないとは考えづらい。
(成人男性がここ10年で一人で何丁も購入する傾向になったのなら別だが)

本当なら、購入者層の推移とか示すべきなんだろうが、
あいにく見つからなかったので、傍証として以下を。
http://josei-bigaku.jp/lifestyle/pistlejosei68737/
「こんなのブログ主の感想でしかない」
とか反論が来そうだが、ポイントはそこじゃない。
 『女性客をターゲットにした銃専門店』
 『ピンクの銃が販売拡張! 』
ということから分かる通り、女性向けのサービス、製品が増えているという点だ。
これは、女性向けに商売が成り立つほど女性消費者が増えていることを示している。

この事例から、女性の銃の購入が増えていることが、高い確度で推測できる。

ちょっと急用が入ったので、続きは後ほど。

「人権は神に与えられるもの」でも「人権は国に与えられるもの」でもないと思う。人権は、人が人であると言う事実に基づいて当然有する権利、でしょう。

その上で、どこまでを人権とするかは国柄によって決まるのてじょう。銃社会アメリカでは、銃は持って良いものと言う合意が国民の大多数の中にあり、日本にはない。それだけのこと。

>通りすがりさん

ブログ主は、

「銃を持つことが実質的に命を守るのか、財産を守るのか」

「銃を持つ権利が、自分や他者の権利を害する場合がある」
(だからこそ、「国家が銃を規制する(権利を制限する)という事もありえる。」

という2点で話しています。
貴方がそれに反論したければ、

「女性は自分の財産を守ると言うより、自分の命を守るためにえに銃を持つ」

「女性が銃を持つ場合は、自己や他者の権利を侵害することは無い」


と言う事を述べないといけないと思いますよ。
女性のユーザーが増えているという傍証が、ブログ主の考え方の反論足りえるとはどうしても思えないのですが、出来ます?

「憲法で権利が保証されていても、実際の運用でその権利が
100%保証される訳ではない」

貴方のこの主張はブログ主が述べていることと全く関係がありません。権利(人権)は、国家が特別な制限を法で定めない(不文法の場合もありますが)限り、制限は無いというのが法哲学上の一般的な考え方です。

>あさん

>人権は、人が人であると言う事実に基づいて当然有する権利

人権をブログ主のように歴史的経緯(人権は自然法による、自然法の法源は神、自然、理性)から見ようが、貴方のように個人の尊厳的観点で見ようが、論証不能だと思いますよ、価値観の違いのようなもの。ブログ主は、人権の根源をたんなる一般論に置いているだけの話だと思いますし、重要とも考えていらっしゃらないと思います。

> どこまでを人権とするかは国柄によって決まるのてじょう

これは一般論としては間違いだと思います。
人権は国柄とかそういうものでは決定されません。
法実証論というあくまでもテクニカルな用法でのみ、憲法に根拠を求めるのみです。

>銃社会アメリカでは、銃は持って良いものと言う合意が国民の大多数の中にあり、日本にはない。それだけのこと

国民の合意なんて人権とは基本的に関係ありません。

人権は、国家以前の根源として人間にはあるものであり、一般的民主主義国家には憲法によって保障されているが、無制限だと他者私権(自由)を害する恐れ(紛争予防)があるから、これも法をもって制限する場合がある。
と言う風に考えるのが通常の思考法です。
歴史上の法哲学もそのような態度です。

貴方が独自の思考をなさるのは結構なんですが、ブログ主は、このような根源的命題に関しては、一般論に準拠していますし、当人もそのような論争には興味ないと思いますよ。
そのような主張をなさりたければ、ホッブスやロックそのものを論破するだけの物凄い知的体力が必要となります、こんなブログでのコメ欄ではムリです。

出来うるならば、トンチンカンな関係ない論点を持ってきたりして、無用な混乱よりも、キチンと流れにそった話が良いと思います。





信 #EsJ185Rsさんへ//

>これは一般論としては間違いだと思います。
人権は国柄とかそういうものでは決定されません。
法実証論というあくまでもテクニカルな用法でのみ、憲法に根拠を求めるのみです。
国民の合意なんて人権とは基本的に関係ありません。


書き方が悪いためか誤解されているようですから、、、

人権は、人が人であると言う事実に基づいて当然有する権利である。

その上で何を人権として憲法保障するかは、国柄(国民の合意による)による。

ex

日本では.国民の合意がないから、外国人に参政権はない。

銃社会アメリカでは、銃は持って良いものと言う合意が国民の大多数の中にあり、日本にはない。

ちゅうこと。


>人権は、国家以前の根源として人間にはあるものであり、一般的民主主義国家には憲法によって保障されているが、無制限だと他者私権(自由)を害する恐れ(紛争予防)があるから、これも法をもって制限する場合がある。
と言う風に考えるのが通常の思考法です。
歴史上の法哲学もそのような態度です。


わざわざ書いていただかなくても誰でも知ってますよ。

自分が抱いている妄想を打ち砕いて下さい

通りすがりの通りすがり

> 俺はここに、誰もが認めざるを得ない統計データを出すことができる。
> 君のように、何の事実にも基づかない机上の空論じゃないやつね。

で、その統計データとやらが、私のエントリの何が妄想だと論証できる根拠となるんです?

> グラフは過去10年だが、誰が見ても分かる通り売り上げは上昇を続けている。

私は銃の売り上げが伸びていないなんて書いたことも無いし、

> また、普通に考えればこの売り上げ上昇に「力の弱い女性」が
> 関与していないとは考えづらい。

>  『女性客をターゲットにした銃専門店』
>  『ピンクの銃が販売拡張! 』
> ということから分かる通り、女性向けのサービス、製品が増えているという点だ。
> これは、女性向けに商売が成り立つほど女性消費者が増えていることを示している。

女性が銃を買っていないなんて書いたことも無いし、

> この事例から、女性の銃の購入が増えていることが、高い確度で推測できる。

で、その推測とやらを書くことに何の意味があるんでしょうか。

どうやら、あなたはエントリをロクに読まずに、「白砂青松が言っているのはこういうことに決まっている」と身勝手な妄想を抱いているようですね。
はっきり言って迷惑です。

まず、その自分の妄想を打ち砕いて下さい。



アメリカも他国に銃を持つ権利を国民に与えよとは言わない

あさん

> 「人権は神に与えられるもの」でも「人権は国に与えられるもの」でもないと思う。人権は、人が人であると言う事実に基づいて当然有する権利、でしょう。

その、「人が人である事実に基づいて」が「神に与えられるもの」だと申しているのです。
国家は「人が人である事実」を否定できる立場にはありませんから。

> その上で、どこまでを人権とするかは国柄によって決まるのてじょう。銃社会アメリカでは、銃は持って良いものと言う合意が国民の大多数の中にあり、日本にはない。それだけのこと。

確かに、アメリカが銃を持つ権利を基本的人権に含めているのは、アメリカの勝手。
でも、本来の基本的人権として普遍的なもの、最低限含めるべきもの、という権利もまた存在する。
例えば思想信条の自由や参政権など。
それは、基本的人権の尊重の重要性を認識している人々の中では、おおむねコンセンサスはとれていると言えると、私は思っています。

そして、人権について、他国にあれこれ口をはさむアメリカも、日本などに「国民に銃を持つ権利を与えよ」とは言いません。つまり、憲法でそううたっていても、アメリカ自身も銃を持つ権利を「基本的人権」とするのは普遍的とは言えないと考えているってことでしょう。



あなたはAmendment 2 を読んだのか?

規律正しい民兵組織は、州の自由を守る為に必要である故に、住民の武器の保持及び所持は阻止されない。

以上が1791年に承認された米憲法修正第二条項なのです。どこかおかしいと思いませんか?民兵組織も州独立も現在では遠い遠い昔の事なのです。おまけに当時の銃というのは、旧式単発銃でした。
なぜ、改正か廃止しないのか?いまさら面倒くさい、というのが本音でしょう。

しかし今日では住民は州ではなく自己防衛の為に銃を保持する権利がある、というように解釈されてしまっています。オバマ政権はより厳しい銃保持規制を望んでいますが、常に反対勢力に今あるので充分だと阻まれているということですね。
違法に銃を所有することは厳罰ですから、法を厳守していれば、問題は起こらない、というのが、全米ライフル協会などの言い訳なのです。このブログで論じられているように、自由に銃を持つ権利ではないということです。
銃の保持は基本的人権ではなく、むしろドライバー免許証と同等と考えるべきでしょう。特権ですね。

あさん

了解しました。

ただ、言葉は厳密に使って下さい。
貴方の書き方だと、人権の定義そのものが「国柄」(これが何を意味するか解りませんが、これが憲法規定だとか国民の合意だとは普通類推出来ませんよ)によって決定されるという様に読めてしまいます。

因みに、「国民の合意」が人権を決定する訳ではないのは当然ですよね。「国民の合意が非人権的な場合もある訳です。
貴方が「修正した内容に於いても」不明確なんですよ。


>「わざわざ書いていただかなくても誰でも知ってますよ。」

ご気分を害されたかも知れませんが、

「貴方の文章が他人にキチンと伝わるだけのものが無かった」

からなんですよ。
だから、「常識」を書いたのです。


その妄想を打ち砕く-2

なんかボロクソに言ってるやつがいるけど、
きちんとした論理的思考を行うときは、それなりの準備いるのを
思いつきで記事を書いちゃう似非論理的思考の使い手の人は
知らないんだろーな。

さて、誰もが認めざるを得ない統計データのその2
「米国銃社会:現実と認識のギャップが広がる 過去20年間で銃犯罪は急減」
http://ooruri777.seesaa.net/article/359846236.html
米司法省司法省の発表した銃による殺人件数とレートをグラフ化したもの。
銃の売り上げ増加に対して、銃による殺人事件は減少している。

「データから見る銃規制」
http://blogs.yahoo.co.jp/kanadesimono/34639763.html
こちらも同様の結果。
ちなみに、イギリス、オーストラリアの銃規制後の犯罪率の発生率の推移も出ている。
なかなか興味深い結果が出ている。

ブログ主のように珍妙なロジックを使わなくても、
アメリカの銃犯罪は減少しているという結論が導ける。



連邦最高裁は何でAmendment 2を個人が銃を持つ権利だなんて判断しちゃったんでしょうね

chukaさん

>以上が1791年に承認された米憲法修正第二条項なのです。どこかおかしいと思いませんか?民兵組織も州独立も現在では遠い遠い昔の事なのです。おまけに当時の銃というのは、旧式単発銃でした。

おっしゃる通りです。

>なぜ、改正か廃止しないのか?いまさら面倒くさい、というのが本音でしょう。

私は、その条項によって利益を得ている者の声が大きいから、そしてアメリカには連邦政府による規制をとにかく嫌がる風潮があるからと解釈しています。

>しかし今日では住民は州ではなく自己防衛の為に銃を保持する権利がある、というように解釈されてしまっています。

数年前に連邦最高裁がそのように解釈した判決を出しましたね。
それが現在でも有効な銃規制の実施を阻む大きな要因となっているようです。

>銃の保持は基本的人権ではなく、むしろドライバー免許証と同等と考えるべきでしょう。特権ですね。

おそらく、修正第2条が制定された当時は、現在のような銃の使われ方は想定していなかったことでしょう。
ですから、私は、連邦最高裁は現代社会の状況を反映させた解釈をすべきであったと思いますが、そうならなかったところに、アメリカの「保守派」と呼ばれる人々の、我々にはなかなか理解し難い心情があるのか。はたまた、銃規制に反対することで得られる大きな「利権」があるのか。
どちらか、もしくは両方かと推測しているわけです。



自分が抱いている妄想を打ち砕いて下さい-2


通りすがりの通りすがりさん

>きちんとした論理的思考を行うときは、それなりの準備いるのを
>思いつきで記事を書いちゃう似非論理的思考の使い手の人は
>知らないんだろーな。

まさにその通りですね。
あなたは、まず私が何を書いているかを読むという「準備」を全くせず、ただの「思いつき」でコメントを書いている、似非論理的思考の使い手の典型的なサンプルということです。

>銃の売り上げ増加に対して、銃による殺人事件は減少している。

私が「銃による殺人事件は増加している」なんてどこかに書きましたっけ?

>なかなか興味深い結果が出ている。

何が「興味深い」かを書けなければ、ただの「思いつき」でコメントを書いていることと何ら変わりなし。

>ブログ主のように珍妙なロジックを使わなくても、
>アメリカの銃犯罪は減少しているという結論が導ける。

で、あなたが提示したデータとやらが、私の書いたエントリの内容とどういう矛盾を生じているというのですか?
こんなコメントを書く前に、まず私のエントリに何が書いてあるのかを読んで、あなたの身勝手な妄想を打ち砕いて下さい。


てすと

投稿できないって出た。
申し訳ないが、確認のコメントをさせていただく。

その妄想を打ち砕く-3

さてコメント「その妄想を打ち砕く-1」でアメリカの銃所持率が
上昇している(特に社会的弱者の女性)こと、
「その妄想を打ち砕く-2」でアメリカの銃犯罪発生率は減少し続けていることを示した。

これで何がいえるのか?
以下は、元記事より。
>(1)個人が銃を持てるということは暴漢も銃を持てる

この主張のポイントは2つ
*弱者が銃を持って防御力を高めても、暴漢も銃を持って攻撃力を高めるから意味がない
*銃を持つことで、弱者が暴漢になる危険があり、殺人などできない人間が、
 むしろ銃があることで殺人者になる可能性がある

しかし、「女性(=弱者)の銃所持率が高まった」ことを示す統計と「銃による犯罪の発生率が減少した」
事実を考えると…

[妄想]
弱者が銃を持って防御力を高めても、暴漢も銃を持って攻撃力を高めるから意味がない
[事実]
弱者の銃所持率が高まったら、銃による犯罪発生率が減少した
従って、上記の発言は誤りであった
[妄想]
 銃を持つことで、弱者が暴漢になる危険がある
[事実]
統計によれば、銃による犯罪率が下がっているので、
・弱者は銃を持っても暴漢にならなかった
・暴漢になった奴が増えたとしても、それ以上に本来の暴漢が減った
 のどちらかになったと考えられる。従って上記の発言は事実を見ない妄想に過ぎなかった

[妄想]
本来殺人などできない人間が、銃があることで殺人者になる可能性がある
[事実]
統計的に見ると、殺人者になる人間よりも、殺人者にならない人間の方がずっと多い。従って上記の意見は単なる杞憂に過ぎなかった。

投稿できない理由

詳しくはわからないけど、元記事の引用が長すぎると怒られるっぽい。
次からは注意ししよっと。

自分が抱いている妄想を打ち砕いて下さい-3

通りすがりの通りすがりさん

>さてコメント「その妄想を打ち砕く-1」でアメリカの銃所持率が
>上昇している(特に社会的弱者の女性)こと、
>「その妄想を打ち砕く-2」でアメリカの銃犯罪発生率は減少し続けていることを示した。

全く示してなどいませんが。
まず、銃の所持率が上昇しているなんてデータ、あなたは一つたりとも示していないでしょ。
ただ銃器メーカーの売り上げのグラフらしきものがあるサイトのリンクを張っただけ。

「所持率」なんて、どこにありましたか?

それから、銃犯罪発生率が減少し続けている?
そんなものどこに示しました?
ただ、1993年と2011年という2点の数字を比較したものを孫引きしただけでしょ。

2011年の銃による殺人は11,101件だそうですけど、2002年に銃で殺された人の数は9369人という数字もありますよ。

で、あなたは過去10年間の銃器メーカーの売り上げが伸びているから、銃の所持率が上昇していると主張している。だったら、銃の所持率が上がったから銃による殺人が増えたという結論が導けますね(苦笑)。

ま、これは半分冗談ですけど、いずれにしろ、

>[事実]
>弱者の銃所持率が高まったら、銃による犯罪発生率が減少した
>従って、上記の発言は誤りであった

あなたは「銃所持率が高まった」も「銃による犯罪発生率が減少」も何一つこの場に提示していない、それこそが事実であり、必然的にあなたの言う「事実」とは、全てあなたの「妄想」に依拠しているという結論付けせざるを得ない。

それこそが論理というものです。


実際にはアメリカの銃の所持率は低下している

通りすがりの通りすがりさん

で、あなたの妄想とは正反対で、実際には個人が家庭に銃を所有する率は、1993年を起点とするなら下がっているんですよ。
1993年が54%だったものが2001年には41%、それから10年ほぼ横ばいだったものが、一昨年に急に6ポイントも上昇したのが話題になっていたくらい。

『Self-Reported Gun Ownership in U.S. Is Highest Since 1993』
http://www.gallup.com/poll/150353/Self-Reported-Gun-Ownership-Highest-1993.aspx

というかこのデータは、あなたがリンクを張ったところにも載っているデータですよね。

一方、銃による犯罪もほぼ10年ほど前に現在の水準に落ち着いて、その後はほぼ横ばいだったものが、2008年あたりから、少しずつ増え始めている。
あなたがリンクを張ったこちらにその数字も載ってますね。
http://ooruri777.seesaa.net/article/359846236.html

あなたの張ったリンク先の記事を書いた方は、どうも恣意的にある結論を導きたかったようですけど、数字はそれを否定している。

そして、CNNは昨年こんな記事を書いています。

--
『世界の銃の半分を保有する米国 銃規制の現実に向き合う時』
2012.08.06 Mon posted at 11:50 JST

(CNN) 米コロラド州オーロラの映画館で起きた銃乱射事件について、メディアには原因を探ろうとする分析があふれている。多くの専門家は、陰湿で異様な銃撃犯の行動が惨劇の主な原因だと結論付けており、有能なコラムニストさえも、心理学の問題であり社会学の問題ではないとしている。
しかし、海外の国々にも心を病んだ人々は同じように存在するのに、米国で銃犯罪が特に多いのはなぜだろうか。それは、銃が多いためだ。
人口100人当たりの銃器保有数は、大部分の国では10丁以下なのに対して、米国は同88丁と断トツの1位だ。2位は中東のイエメンで同54丁。そのほか、上位10カ国には、セルビアやイラクといった国々が入っている。
米国は、人口では世界の5%なのに、銃の50%を保有しているのだ。
膨大な数の銃だけではなく、死者数で比較をしても、ひどい状況だ。米国では人口10万人当たり3件の銃による殺人が発生しており、この発生率は、スイスの4倍、インドの10倍、オーストラリアと英国の20倍にもなっている。

州ごとに見ると、銃器規制法規が存在する州の方が銃による死亡者数が少ない傾向があり、銃規制の厳格さと銃による死亡者数の少なさの間に相関関係があることは明らかだ。
国自体の変化を見てみると、意外にも、米国は安全になっている。2000年からの10年間で、凶悪犯罪は20%減少しているほか、凶器使用の凶悪犯罪も22%、自動車盗は42%、殺人が13%、それぞれ減少している。
しかし、銃は別だ。銃が使われた殺人は、09年でも00年とほぼ同水準で、銃規制の緩和により、銃による傷害事件は10年間で20%増加している。

(略)

http://www.cnn.co.jp/usa/35019953.html
http://www.cnn.co.jp/usa/35019953-2.html
--

この記事にはしっかり書いてありますね。
「銃規制の厳格さと銃による死亡者数の少なさの間に相関関係があることは明らか」
「銃が使われた殺人は、09年でも00年とほぼ同水準で、銃規制の緩和により、銃による傷害事件は10年間で20%増加している」

自分で銃の所持率も調べようとせず、というか、自分の張ったリンク先に書いてあっても読もうともせず、ただ自分に心地よい、そして白砂青松の書いていることに難癖をつけたいという欲求にマッチした、部分的なデータだけをつまみ食いして、あとは自分の妄想で勝手なストーリーを創作する。

あなたはまさに、似非論理的思考の使い手の典型的なサンプルですよ。


参考までに

1)ハーバード公衆衛生大学院の調査によれば、以下のような結果があるそうです。
http://www.hsph.harvard.edu/hicrc/firearms-research/policy/
"Almost half (48%) of gun owners report owning four or more guns with a few possessing large numbers of guns"(約半数(48%)の銃所有者が、4丁からそれ以上の銃を所有しており、数多くの銃を所有している者も少数いる)
一人で何丁も何丁も買う人がいるということです。売り上げが上昇しても、所有率が上昇するとは限らないわけです。

2)米国にViolence Policy Centerなる団体があるようで、そのHPにある統計です。
http://www.vpc.org/studies/myth.htm
古いデータ(1998年)ですが、女性が自己防衛のために銃を使用したケースについての統計です。
グラフの次の段の表(TABLE ONEと書いてある)を見ますと、防衛のために銃で相手を殺害した(殺害できた)女性(Women who used a handgun to kill in self-defense)はわずか12名です。一方銃で殺害された女性(Women murdered with a handgun)は1209名です。銃が自己防衛に有効だとするなら、成功率が低すぎると思います。

現在では状況が変わっている可能性もありますが、個人的にはそう変化はないのではないかと推測します。上のコメント欄のリンク先の記事で、女性向けの銃が売られていたり、射撃場に通う女性がいるという内容がありましたが、それが自己防衛の成功率を高めるか…と言えばはなはだ疑問です。「ピンクの銃ってオシャレ」というノリで購入する人の射撃技術が高いとは思えないですし、射撃場でできるのは「射的」の練習です。動かない的を撃つ練習がどの程度実戦で役立つものやら(相手はこちらを殺る気満々なわけですから…)。

いずれにせよ、こんな命のやり取りが日常に入り込んでくるような生活は願い下げですね。

うーん

神から与えられた権利?八百万の神で言うとどの神さん?それともキリストさんかな?
なんで人だけに与えられて、ほかの動植物には与えられていないのかね?全知全能を司る神としてはずいぶんいい加減だね。

基本的人権はやはり人間が考えたものですよ。人類が平和に、平等に、抑圧されずに、生きていく社会を作るために考え出した知恵ですよ。

与えたのは神様じゃない。
だいたいあなたの言う神とはなに?

存在するものイコール考え出したものではない

うーんさん

>基本的人権はやはり人間が考えたものですよ。人類が平和に、平等に、抑圧されずに、生きていく社会を作るために考え出した知恵ですよ。

人間が考えたものですけど、人間が作ったものじゃないってことです。

>与えたのは神様じゃない。

万有引力を考えたのは人間ですけど、万有引力は人間が与えたものじゃない。

>だいたいあなたの言う神とはなに?

人間の手で制御しようとしてはいけないもの、ですよ。


うーん

>存在するものイコール考えたものではない。
それはその通りですよ。

万有引力という現象はそうで、
基本的人権という思想は違うという事です。

方や論理的に証明されている事、方や証明はされていないがある程度の合意の得られていること。
これを並列に比べるのは無理があります。

>人間が制御してはいけないもの
これを決めるのも人間ですね。神じゃない。

ですから、考え出したものと存在するものの違いです

うーんさん

>万有引力という現象はそうで、
>基本的人権という思想は違うという事です。

万有引力は現象じゃありませんよ。
あれは概念に過ぎず、現象と言えるのは例えばリンゴが木から落ちることです。

ですから、私の前のレスは表現がよくありませんでしたね。
「万有引力を考えたのは人間ですけど、リンゴを木から落とす力は人間が与えたものじゃない。」
と書くべきでした。

そして万有引力は、残念ながら「論理的に証明されている事」ではありません。

>これを決めるのも人間ですね。神じゃない。

決めるのは人間ですけど、それは人間が作ったから存在するわけじゃありません。


うーん

確かに証明するものではないですね、間違ってました。
ただこう言った物理学的な概念は、この概念に従って研究をして矛盾が出れば、この概念は限定的、もしくは間違いとされます。証明とは違いますが、否定されたりします。

あなたの考えで行くと、現在明文化されている基本的人権も人が作ったものなので概念(私は概念だとは思わないのですが)ですね。
概念である万有引力に対する、神が与えたものとやらはリンゴを木から落とす力、とするなら、基本的人権に対する神が与えたものは何?

あなたは、万有引力をあげて、基本的人権も同じだといいますが、それはやはり無理がありますよ。
万有引力について正しいかどうかは、原理(この場合万有引力ね)を下敷きにした理論の正しさが担保するのです。
あなたの言う基本的人権という概念が正しいかどうかは証明する必要はないでしょうが、これを下敷きにした理論の正しさを持って、概念としての正しさを担保する必要があります。

誤解されているようですが


うーんさん

>ただこう言った物理学的な概念は、この概念に従って研究をして矛盾が出れば、この概念は限定的、もしくは間違いとされます。

ニュートン力学もそういう存在ですね。
今では「限定的」とされていますけど、その存在を無価値とする人はほとんどいないでしょう。

>概念である万有引力に対する、神が与えたものとやらはリンゴを木から落とす力、とするなら、基本的人権に対する神が与えたものは何?

私はそちら系統については素人ですけど、自然権なんじゃありませんか?
基本的人権として人間の手によって体系化される以前に、人が生まれながらにして持っている権利というものは現に存在している、そういう話でしょう。

>あなたは、万有引力をあげて、基本的人権も同じだといいますが、それはやはり無理がありますよ。

私は同じだなんて言ってませんよ。
人間が考え出したものと存在するものは違うという共通性を持つ例として、私は万有引力を挙げただけであって、万有引力と基本的人権が同じだなんてどこで言いました?

>万有引力について正しいかどうかは、原理(この場合万有引力ね)を下敷きにした理論の正しさが担保するのです。
>あなたの言う基本的人権という概念が正しいかどうかは証明する必要はないでしょうが、これを下敷きにした理論の正しさを持って、概念としての正しさを担保する必要があります。

ですから、このような反論は残念ながら的外れです。

基本的人権という概念は、正しいとか間違っているとか言うような存在ではないと思いますけど。


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